2_2_8 坑道閉鎖に伴う環境回復現象の評価(再冠水試験)
達成目標

大規模な地下施設の建設・操業時には,施設内に湧出する地下水を数十年にわたり排水することや,換気やセメント材料の使用により,周辺の地下水の水圧や水質といった地下水環境が建設前の状態から変化します。一方,坑道の閉鎖後は,地下水が空気と入れ替わっていき,地下水環境が建設前の状態に向かって回復していくことが考えられます。ただし,坑道壁面への吹付けコンクリートのように残置されるものもあり,地下水環境が建設前の状態に戻ることはないと考えられます。

閉鎖後の安全評価では,地下水のpHや酸化還元状態などの各パラメータや条件設定を行う必要があるため,地下施設の閉鎖後において乱された地下水環境の回復・定常化過程を推定する必要があります。これまで海外において実施されてきた坑道の閉鎖試験では,坑道周辺の岩盤が均質なこともあって埋め戻し材の物性変化に重きが置かれており1),地下水環境の回復過程に着目した坑道規模の原位置試験は実施されていません。

このような状況を勘案し,地下水環境の回復過程や長期的な定常化過程にかかわる現象の理解や,それらを調査・解析するための技術の整備を目標とします。

方法・ノウハウ

地下施設の閉鎖後における地下水環境の回復を予測するためには,対象エリアの初期状態を把握するとともに,地下施設の建設・操業による擾乱の程度や範囲を把握してその過程を推測する必要があります。したがって,地下水の水圧・水質モニタリング(2_2_12_2_2)結果を用いた掘削擾乱領域の把握(2_2_3)や,物理探査結果を用いた掘削損傷領域を把握し(2_2_4),更新した地質環境モデル(2_2_7)に基づき予測解析を行います(2_2_10)。

日本の結晶質岩においては,坑道周辺に水理学的連結性が乏しい数m~数十mのコンパートメント構造が存在する可能性があると考えられます(2_2_2)。このため,坑道スケールの地下水環境の回復を予測するためには,数m~数十m規模の岩盤の不均質性を評価したうえで坑道周辺の水理地質構造モデルを構築する必要があります(2_2_9)。

地下水の水質は,地下施設の閉鎖後は地下水が滞留し,水質形成プロセスが変化する可能性があります(2_2_3)。例えば,坑道建設時に持ち込んだセメント系材料による影響は,セメントの化学成分と地下水水質のデータを利用した熱力学的計算により推測することができます2)

瑞浪超深地層研究所における実施例

地下施設の建設・操業により乱された地質環境の回復能力の例示と,関連する技術の開発を目的として,深度500m研究アクセス北坑道における坑道の一部(以下,冠水坑道)を地下水により冠水させる再冠水試験を実施しました。冠水坑道の容積は約900m³(幅約5m,高さ約4.5m,長さ約46m)です。

冠水坑道掘削に先立ち,冠水坑道の掘削予定箇所近傍にモニタリング孔を設置して,地下水環境の初期状態を把握するとともに,冠水坑道の建設・維持管理・冠水試験における地下水の水圧・水質の変化を観測しました。再冠水試験では,冠水と排水を繰り返し行い,止水壁を含む冠水坑道内外の力学-水理-化学特性の変化過程を観測しました。また,冠水坑道内のボーリングピットを利用した埋め戻し試験も予察的に実施しました。

再冠水試験の流れを図1に示します。2012年および2013年にモニタリング孔(12MI33号孔および13MI38号孔)を設置して冠水坑道周辺のモニタリングを開始し,2013年に冠水坑道を掘削しました。その後,冠水坑道内のボーリングピットを埋め戻し材(ベントナイトと掘削ズリを混ぜた材料)で埋め戻し,鉄筋コンクリート製で耐圧性の止水壁を冠水坑道の入り口に建設してから,2016年の2月に地下水による冠水を開始しました。冠水後に複数回の一部排水・減圧試験を行い,2017年9月に地下水を排水し,冠水坑道内の状態を調査しました。

この図は,再冠水試験の流れを示したもの。全体の流れとして,冠水坑道を掘削する前に冠水坑道と平行なボーリング孔を掘削しモニタリング装置を設置,冠水坑道を掘削しながら地下水圧の変化をモニタリングするとともに,冠水坑道掘削後,坑道からさらなる観測孔を掘削。その後,止水壁を設置し,冠水,排水を繰り返し,それによる地下水圧と水質の変化を把握する流れを示している。
図1 再冠水試験の流れ

冠水坑道内の水圧は,冠水して約10日後には3.1MPaまで上昇しましたが,止水壁とその周辺からの漏水によって徐々に低下し,冠水から半年後に2.4~2.5MPaで安定しました(図2)。冠水坑道と並行して掘削されたモニタリング孔では,冠水坑道の冠水や一部排水・減圧試験による水圧応答が観測された区間と観測されなかった区間がありました。このことから,冠水坑道の周辺岩盤には数m~数十m規模の水理学的な連続性の異なるコンパートメント構造が存在していると考えられました3)2_2_2)。

地下水の水質に着目すると(図3),試験開始時に冠水坑道内へ注水した酸化的な地下水(ORP=約+300mV)は,冠水から3週間程度で還元状態(-150mV前後)になり,溶存酸素(DO)濃度も大きく低下しました。これは,地下水中にいる微生物が地下水中の酸素を消費することで,還元的な状態への回復が促進されたと考えられました(2_2_6)。一方,冠水坑道内の地下水のpHは約半年で9から10へ上昇しましたが,これは坑道壁面の吹付コンクリートが反応したためと考えられました4)

冠水坑道周辺の岩盤変位や止水壁の躯体内部の有効応力のモニタリング結果からは,止水壁内に埋め込んだケーブルライン周辺や岩盤と止水壁の境界部に,地下水が流入する経路が存在していたと示唆されました5)。止水壁の施工時にトラブルが発生したこと6)も踏まえると,止水プラグの建設時には,施工時の品質管理を注意深く行うことと,岩盤との境界部の処置方法の確立が非常に重要であると考えられました。

この図は,冠水試験前後のモニタリング孔(12MI33および13MI38)の水圧変化を示したグラフ。冠水坑道内の水圧は,冠水して約10日後には3.1MPaまで上昇したが,止水壁とその周辺からの漏水によって徐々に低下し,冠水から半年後に2.4~2.5MPaで安定したことを示している。
図2 試験前後の冠水坑道内とモニタリング孔(12MI33および13MI38)の水圧変化
この図は,冠水坑道内における地下水水質と微生物数の経時変化を示したもの。試験開始時に冠水坑道内へ注水した酸化的な地下水(ORP=約+300mV)は,冠水から3週間程度で還元状態(-150mV前後)になり,溶存酸素(DO)濃度も大きく低下。これは,地下水中にいる微生物が地下水中の酸素を消費することで,還元的な状態への回復が促進されたと考えられた。
図3 冠水坑道内における地下水水質と微生物数の経時変化

再冠水試験の結果から得られた知見は以下のとおりです。

以上のように,坑道の一部を閉鎖して地下水環境の回復過程を把握することで,地下施設の閉鎖後における地下水環境の回復の予測に必要な知見を得るとともに,その評価技術を整備することができました。

参考文献
  1. Johanna, H., Slimane, D., Marjatta, P. and Matt, W. (2016): DOPAS Project Final Summary Report, DOPAS Work Package 6, Deliverable D6.4, 146p.
  2. 岩月輝希, 柴田真仁, 村上裕晃, 渡辺勇輔, 福田健二 (2019): 地下施設で使用する吹付けコンクリートが地下水水質に与える影響,土木学会論文集G,75巻 1号,pp.42-54.
  3. 石橋正祐紀,濱克宏,岩月輝希,松井裕哉,竹内竜史,野原壯,尾上博則,池田幸喜, 見掛信一郎,弥富洋介,笹尾英嗣,小出馨 (2016):超深地層研究所計画 年度報告書(2016年度),JAEA-Review 2017-026,72p.
  4. 林田一貴,加藤利弘,久保田満,村上裕晃,天野由記,岩月輝希 (2018): 坑道閉鎖試験に基づく坑道掘削・閉鎖時の化学環境変化プロセスの考察,地球化学,52,pp.55-71.
  5. 松井裕哉,見掛信一郎,池田幸喜,筒江淳: 再冠水試験中の止水壁の状態変化に関する検討,第46回岩盤力学に関する国内シンポジウム(CD-ROM),pp.286-291,2019.
  6. 東濃地科学センター 施設建設課 (2016):瑞浪超深地層研究所 研究坑道掘削工事(その6)平成26年度,27年度建設工事記録,JAEA-Review 2016-027,190p.

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