2_2_3 地下施設周辺の掘削擾乱領域の評価技術
達成目標
大規模な地下施設の建設・維持管理時(操業時)には,地下施設内に湧出する地下水を長期にわたって排水するため,周辺の地下水流動や水質が変化します。特に,断層や高透水性割れ目が多い岩盤においては,地下施設建設前に地上からの地質環境調査により理解された地下水の水圧・水質分布が,広範囲に変化する可能性があります。そのため,実際の地下施設での観察事例に基づき変化プロセスを理解するため,瑞浪超深地層研究所の研究坑道掘削前から掘削時・維持管理中の周辺地下水の水圧・水質長期観測結果に基づいて,それらの経年変化,変化プロセスを示し,それらを理解するための観測・解析技術,経験に基づく留意点を整理することを目標とします。
方法・ノウハウ
①地下施設建設による影響の考え方:
地下施設建設や維持管理に伴う周辺環境への影響領域は,2つに大別されます1)。1つは,坑道掘削により元の状態に回復し難い掘削損傷領域(Excavation Damaged Zone (EDZ))であり,岩盤のゆるみにより形成された割れ目やセメント材料の影響を受けた領域です。もう1つは,施設閉鎖後に元の状態に回復する可能性のある掘削擾乱領域(Excavation disturbed Zone (EdZ))であり,排水による水圧低下や浅層地下水の流入による水質の変化が該当します(図1)。EdZの変化プロセスや変化速度を把握することが,坑道周辺のEdZが閉鎖後にどのように回復するかを推測するための手がかりとなります。
短期的な周辺環境影響は瑞浪超深地層研究所などの地下研究所での観察により知見を得ることができます。一方で,百年~万年オーダーの長期的な現象については観察することができないため,短期的な観察結果に基づく再現解析などで数値解析手法の信頼性を確認し,それらに基づくシミュレーションなどにより長期的な影響を予察することになります。

②地下水流動への影響解析:
水理地質構造の不均質性を考慮した地下水流動解析と地下施設建設に伴う水圧変化や湧水量の観測データを組み合わせることで,地下施設建設による地下水環境への影響の程度や範囲を推定することが可能となります。その際,断層などの水理地質構造で囲まれた領域ごとに地下施設建設の影響が異なる可能性に留意するとともに,水圧変化だけではなく,水質変化の観点からも解析結果の妥当性を確認することが重要となります。
③地球化学解析:
ここでは経年変化データを用いた多変量解析(主成分分析)を行います。①水質変化に対する寄与が大きい端成分地下水の明確化,②当該端成分地下水の寄与割合の経年変化に基づく変化速度の見積もり,③将来の地下水水質の外挿,という手順で地下施設建設・操業中の将来的な地下水水質を推定することが可能です。ただし,この解析手法は,水質変化が主に異なる水質の地下水の混合状態の変化によって生じている場合に限り有効です。また,地下施設閉鎖以降の長期的な水質変化については,地下水流動が滞留し混合プロセスの前提が成り立たなくなるとともに,閉鎖系での水-鉱物-微生物反応が主要なプロセスとなる可能性があるため(2_2_8),これらを念頭に置いて解析する必要があります2)。
瑞浪超深地層研究所における実施例
2003年の瑞浪超深地層研究所の研究坑道掘削開始以降,日量約700~800トン前後の地下水の湧水を排水しました3)。前述の方法・ノウハウに示した手法を適用し,地表からの地下水の水圧・水質観測孔と各深度の水平坑道の竣工後に順次掘削された長さ約50~100mの観測孔においてモニタリングされた地下水の水圧・水質の変化に基づいて,擾乱の内容について整理しました4-7)
地下水の水圧の擾乱
- 約10年間にわたる観測の結果,堆積岩浅部では坑道掘削前から水圧の変化は認められず,一方で,堆積岩深部から花崗岩中の地下水水頭が坑道周辺において初期水頭から約60m程度低下しました。これは,堆積岩の浅部と深部の間に低透水性の泥岩層が分布していたことによると考えられます。
- 花崗岩中の水頭変化は施設周辺の断層の分布に影響を受けており,主立坑に沿って分布する高角な北西走向の断層(主立坑断層)の南西側(立坑が位置する領域)では水頭の変化量が大きく,北東側(立坑の無い領域)では変化量が小さいことが確認されました(図2)。
- 研究所周辺の地下水の水圧観測結果および研究坑道への湧水量を評価指標として,研究坑道掘削に伴う水圧変化の再現・予測解析を実施した結果,観測結果を解析によりほぼ再現することができました4)。
- 解析により得られた地下水の動水勾配の空間分布に基づいて,両立坑が位置する複数の断層に囲まれた領域(コンパートメント)では,排水に伴う水圧低下により,深度500m付近まで浅部からの地下水が流入する可能性や,将来の定常状態下における水圧分布を推測できました。

地下水質の擾乱
- 研究所周辺では,花崗岩浅部のNa-Ca-Cl型地下水と深部のNa-Cl型地下水の混合により水質分布が形成されました。研究坑道が土岐花崗岩に到達後,立坑の切羽(最深部)周縁では地下水の排水に伴い相対的に塩分濃度の高い深部地下水が上昇してきており,切羽の深度が当該箇所よりも深部に移動した後も,塩分濃度の高い地下水が数か月間にわたって残留することが確認されました。その後,定常的に地下水を坑道から排出したことにより,浅部から相対的に塩分濃度の低い地下水が浸透し,塩分濃度が徐々に低下する傾向が認めらました(図3)8), 9)。
- 深度400mの地下水まで,当該深度まで立坑を掘削した時点には観測されなかった3H,(トリチウム),CFCs(フロン類)といった浅層地下水の指標となる物質が徐々に検出されるようになり,浅層地下水の混入割合が時間とともに増加していることが確認されました。3H,CFCs濃度から,深度200~400mの花崗岩中の地下水には,浅層地下水が数%から最大50%程度の割合で混入していると推測されました10)。
- 3Hが未検出でCFCsが検出される地点が数点あり,時間とともに放射壊変(3Hの半減期:約12年)により3H濃度が検出限界値以下となった地下水において,放射壊変による濃度低下のないCFCsが残留していると推察されました。CFCsは,3H濃度が減衰して検出限界以下となる数十年前以上の年代(地表から浸透して地中に留まっている時間)を持つ地下水に対して浅層水の年代の指標として有効と考えられました10)。
- 施設建設・維持管理中に得られた地下水の水質データ11-21)(約1,100試料のNa+,K+,Ca2+,Mg2+,SO42-,F-,Cl-,Si,TIC(無機炭素)濃度)の主成分分析の結果,各水質データは堆積岩浅部,花崗岩浅部,花崗岩深部地下水の3つの地下水の主成分得点と相関性があり,経年変化はこれらの端成分地下水の混合状態の変化で説明できることがわかりました22)。
- 坑道からの排水に伴う地下水の動水勾配が相対的に大きな坑道近傍においては深部からの地下水の引き込みがより大きいものの,施設全体では地下水位の低下とともに花崗岩浅部の地下水が徐々に深部に移動していると推察されました。同一観測孔における主成分得点の経年データは,混合に関わる端成分地下水自体の変化を示唆しており,長期的な地下水排水により坑道に湧水する地下水の供給源(施設建設の影響領域)が変化していると考えられました23), 24)。
- 主成分得点の経年変化から深度300m,400mの地下水は,時間の経過とともに深度200m付近の花崗岩上部の地下水と同等の水質を持つ地下水により希釈されていると推察され,その経年変化率に基づくと,数年~数十年後には花崗岩上部の地下水と同等の水質(深部地下水に比べNa+,K+,Cl-濃度が低く,SO42-やTICに富む組成)に変化すると予測されました(図4)22)。
- 水質の異なる地下水の混合により水質分布が形成されている地域では,施設周辺の複数観測点における長期的な水質データの取得,多変量解析(主成分分析)による経年変化プロセスの把握,経年変化量に基づく将来予測により,大規模な地下施設建設・維持管理(操業)時の中長期的な水質変化を推察できることが示されました22)。
- 地下施設の閉鎖後は,排水による地下水の引き込みが停止し,水質形成が混合ではなく主に水-鉱物-微生物の化学反応にコントロールされる可能性があるため,閉鎖後の長期的な水質変化の予測時は,混合以外のプロセスも念頭に置く必要があります。建設前の水理学的・化学的状態に戻るか否かは,大規模な冠水試験によって知見を得ることができると考えられます。


参考文献
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