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特集

外部有識者によるコラム 第3回(2022.12.14掲載)

新型炉開発と燃料調達

広島大学平和センター
友次 晋介


はじめに

2022年2月24日に始まったロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻は、G7や欧州連合(EU)諸国において、化石燃料のロシア依存から脱却する機運を高めた。3月には英米両国が、ロシア産の原油・天然ガスの輸入の禁止を決定し、4月にはEUと日本がロシア産の石炭の禁輸する方針を表明した。続く5月にはG7がロシア産原油の輸入禁止で原則合意した。一方、ベルギーでは、3月に脱原子力の達成時期が延期された。原油・天然ガスの国際価格の高騰を背景に、わが国でも原子力発電をより積極的に活用していくべきとの声が出ていることは周知のとおりである。

天然ウランや低濃縮ウラン、ウラン濃縮役務についても国際市場におけるロシアの影響力は無視できないものがあり、他方でたとえ軍事侵攻を受けたロシアへの制裁が引き起こした燃料価格への一つの対応として原子力利用を進めたとしても-各国で依存状況は全然一様ではないにせよ-、そのウランそのものや加工された燃料がロシアによるものであるという皮肉な状況が起こりうる。後述する通り、ウラン燃料の確保という観点からいえば、先進炉の研究開発も、ロシアの軍事侵攻の影響を免れず、とくに多額の公金が投入される、政府の旗艦的プロジェクトには政治的、象徴的な意味が大きく、ロシアの燃料が用いられることは避けるべきであるとの強い要請は当然出てくると思われる。以下ではロシアの市場における影響力を概観し、次に同国へのウクライナへの侵攻を踏まえた原子力分野とりわけ燃料供給に関する対応について論じる。

1.フロントエンドにおけるロシアの市場影響力と政策協調の必要性

もともと西側諸国では米国以外の供給者を求め1970年代からソ連にウラン濃縮や燃料加工を委託してきた歴史的な経緯がある。例えば、フランス原子力庁(CEA)は1971年春、ソ連の中型機械製作省の所管下にある原子力輸出商社「テクスナブエクスポート(TENEX)」との間にフェッセンハイム原子力発電所1号機の装荷燃料用としてウラン濃縮役務を委託する契約を締結、1973年10月には、西ドイツの大手電力会社であるRWEがビブリス及びミュエルハイムーケーリッヒ原子力発電所用の装荷燃料用にソ連との濃縮契約を結んでいる。以降、冷戦期の欧州においてさえ、ソ連は原子力利用に必要なプレーヤーである。今日、スイスでは米ウェスティングハウス社製、及び独シーメンス社製の加圧水型軽水炉(前者はベツナウ原子力発電所、後者はゲスゲン原子力発電所で採用)のほか、GE社製の沸騰水型軽水炉(ライプシュタット原子力発電所で採用)が運転中であるが、このうちベツナウとライプシュタットではその大半に、ロシア国営原子力公社ROSATOMが加工した、ロシア起源の燃料が用いられている(ウクライナでの戦争を受け、このことに批判が出ており再検討されている)。なお、旧ソ連製のVVER軽水炉を保有、稼働させているウクライナやフィンランド、チェコでは、エネルギー安全保障のための調達先の多様化の一環として、軍事侵攻の以前よりウェスティングハウス社製の燃料を装荷してきた。電力会社や各国の政府は、それぞれの戦略的、商業的観点から調達先を決めてきたわけである。

経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)と国際原子力機関(IAEA)の共同報告によると、世界全体の天然ウラン生産にロシアが占めるのは2018年の時点で約5.4%、世界第6位にとどまるが、2019年の欧州連合(EU)諸国への事業者へのウラン供給源の内訳で見れば、ロシアが19.8%と最大であり、これにカザフスタン19.6%、ニジェール15.4%、オーストラリア14.4%、カナダ11.6%が続いている1。EU共通のウラン調達交渉を担う、ユーラトム供給機関によれば、翌2020年EUに持ち込まれた天然ウラン12,592tUのうち、2,545tUがロシアを原産としており、それは20.21%を占める2 。転換及び濃縮市場における同国の支配力については圧倒的であり、全世界の濃縮能力の約半分がロシアによるものである。ウランの調達先を代替することは口で言うほどは簡単ではない。

短期間(例えばウラン採掘から燃料装荷までの2年の間)に、制裁を実効的ならしめる程度までロシアをウラン、とくに濃縮の国際市場から「駆逐」することは困難で、ほとんど不可能に近い。ウラン市場は、その供給者が大資本や国ぐるみの企業体にほぼ限られる典型的な寡占市場である。理論上はウラン燃料の世界全体の流通総量が短期間に劇的に増えない限り、たとえ有志国が調達先を切り替えて禁輸を行えたとしても、自由な国際市場においてロシア産の天然ウラン、あるいはロシアで濃縮されたウランが直ちに行き場を失うとは考えにくい。

ウランの需給バランスは、転換や濃縮の能力の多寡見通し(廃止措置にあるもの、運転を控えたものの整理)、電力会社等による建設中あるいは運転中(あるいは廃炉中)の原子炉の基数、設備容量及び発電量、ウランの二次供給源の有無、使用済燃料の再処理、プルトニウムの余裕量、MOX燃料加工とその装荷見込み等々の核燃料サイクル全体における多種多様なパラメーターに左右される。したがって原子力利用におけるロシアへの依存を長期的に低減させ、かつ同国の市場における影響力を低下させるためには、燃料サイクル全体における需給をいかに最適化していくのか、シミュレーション、シナリオ分析など、必要な情報や知見を、G7やEU(及びユーラトム供給機関)諸国、OECD/NEA(ロシアはウクライナ侵略ののち資格を停止されている)、あるいは原子力供給国グループのなかで価値を共有する有志国が共有し、戦略的な調整を息長く、図っていく必要がある。

2.米国の先進炉開発への影響と対応

先進炉の開発への影響も不可避と思われる。米国では、共和党のトランプ政権が国際原子力市場―とりわけ採鉱、転換、濃縮などのフロントエンド―が中露に席巻されているとして、原子力分野における米国の競争力の復活、主導権の回復を掲げ、先進炉の研究開発を支援しようとした。2021年1月に発足した民主党のバイデン政権もこの政策的流れを基本的に継承している。同政権は、最優先課題に挙げる脱炭素と気候変動対策と整合し、なおかつ議会において超党派的支持もあった原子力分野における米国政府の取り組みを引き続き進める方針をとっている。すでにバイデン政権は、エネルギー省(DOE)のもとの大型の研究開発助成である先進炉実証プログラム(ARDP)を開始している。5-7年のうちに二つの実証炉を稼働させるというARDPにおける「実証」プロジェクトにおいて採択された、テラパワー社とGE日立・ニュクリアエナジー(GEH)社の先進炉Natriumには、高アッセイ低濃縮ウラン燃料、通称HALEUが用いられる。HALEUについては、EBR‐II(1961年9月に臨界3した、使用済核燃料の再処理施設併設のナトリウム冷却高速実験炉で1994年に停止)からの使用済燃料から高濃縮ウラン(HEU)を回収し混合希釈する方法や、海軍の小型炉のHEU使用済燃料からHEUを再回収する方法、遠心分離によって、六フッ化ウランからHALEUを作る方法がある。HALEUの長期的な商業利用を射程にいれるならば三番目の選択肢が、最も実際的と考えられる。

問題はトーマス・グラハム・ジュニア大使とリチャード・ミーズ提督が指摘する通り、先進炉の商業化には燃料の「あて」が予めあることが一つの前提であるのに、そもそも商業化にめどが立っていなければ核燃料の生産施設への民間の投資のハードルがあがるという「鶏が先か卵が先か」状況が生じることになるのである4。こうした状況を避けるべく、米国のジョン・バラッソ上院議員(共和党、ワイオミング州)は2022年4月7日、先進原子炉の燃料となるHALEUの国内供給を確保するための法案を提出している。また、DOEもHALEUの生産を、政府の支援により促進することとしており、2019年にセントラス・エネルギー社(旧・米国濃縮公社)に1億1,500万ドルの請負契約を結んだ。これを受け、事業者のテラパワー社とセントラス・エネルギー社は2020年9月、米国内商業規模の生産計画を発表した。また、DOEのグランホルム長官はロシアによるウクライナ侵攻を踏まえて、ロシアを起源としないHALEU20トンを利用可能にする考えであることを明らかにしている。しかし濃縮を米国内でやるにせよ、実際のプラントの運転にはそれなりの準備が必要であるうえ、天然ウランにしても確実にロシア以外から調達されなければならないとするなら、Natriumの工程には一定の不確実性が生じていることは否めない。

何をすべきか―ウラン資源と濃縮の確保

石油危機以来、今日ほど協調的なエネルギー安全保障を追求する必要に迫られたことはない。かつて、西側の先進工業諸国がOPECに対抗するある種の経済安全保障上の対抗措置として国際エネルギー機関(IEA)を設立し、加盟国に備蓄を義務付けたような大胆な規模での施策の構想力が求められる。もとより先進炉の研究開発を着実に進捗させていく上でも、確固とした燃料供給体制の構築は重要である。それゆえ長期的に日本は米国をはじめとして西側の価値観を共にする有志国とともにウラン燃料の供給保障のさらなる強化を図っていかなければならないのではないだろうか。安全性の確保を最優先として、青森県六ケ所村にある濃縮プラントを再稼働させることや、使用済核燃料の新規再処理工場を着実に完成させること、MOX燃料を活用していくことがその目的に資するであろうが、同時に多国間の枠組みで新たな政策手段を模索することも重要であろう。例えば2009年ごろ日本政府は「IAEA核燃料供給登録システム」を提唱したことがあった。これは低濃縮ウラン(LEU)の供給途絶の際に備えた「仮想備蓄」の趣のもので、天然ウラン、転換、濃縮、燃料加工の能力をIAEAに事前登録することを想定したものだった。元来の含意は濃縮技術の不拡散であり、その目的は異なるものの、この提案にヒントを得た更新版の制度設計には一考の価値があるかもしれない。確かにカザフスタンではすでにIAEAの燃料バンクが開所しており、落札したフランス企業が実際にLEUを納入しているが、その輸送ルートは海上でまずロシアの港に運び、そこから陸上でカザフスタンに搬入する、というものであった。カザフスタンの燃料バンクは燃料供給を安定化させるための一つの手段として考えられなくはないものの、地政学的かつ政治的なリスクを払しょくすることは難しく、補完的なシステムの構築も同時に検討していく必要があろう。

1 A Joint Report by the Nuclear Energy Agency and the International Atomic Energy Agency, Uranium 2020: Resources, Production and Demand, December, 2020. p.57. p.106.
2 Euratom Supply Agency 2020 annual Report, (https://euratom-supply.ec.europa.eu/system/files/2021-10/MJAA21001ENN_002.pdf 2022年6月9日閲覧) p.19. なお、同報告書によれば、2020年のEUの天然ウラン調達先として、ロシア以外に主なところではニジェール20.29%、カザフスタン19.17%、カナダ18.36%、オーストラリア13.27%がある。
3 Perry, W.H.; Lentz, G.L.; Richardson, W.J.; Wolz, G.C. Argonne National Lab., IL (USA) Seventeen years of LMFBR experience: Experimental Breeder Reactor II (EBR-II), 1982. p.10. https://inis.iaea.org/collection/NCLCollectionStore/_Public/14/769/14769046.pdf?r=1 (2022年7月19日閲覧)
4 Ambassador Thomas Graham, Jr. and Admiral Richard Mies “As the United States develops advanced reactors, a new fuel supply chain is critical to national security,” Atlantic Council, February 12, 2021. https://www.atlanticcouncil.org/blogs/energysource/as-the-united-states-develops-advanced-reactors-a-new-fuel-supply-chain-is-critical-to-national-security/ (2022年6月9日閲覧)