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特集

外部有識者によるコラム 第2回(2022.11.15掲載)

原子力と産業部門の脱炭素化について

一般財団法人日本エネルギー経済研究所
化石エネルギー・国際協力ユニット
小林 良和


はじめに

2020年10月に、菅首相が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする目標を掲げて以降、日本国内においても本格的な気候変動対策に対する機運が高まってきている。他方、日本政府が発表しているいわゆるエネルギーミックスの議論を始め、温室効果ガスの排出削減の議論においては主として太陽光や風力発電による発電部門の脱炭素化に議論が集中しがちであり、それ以外の産業部門や運輸部門、商業部門、家庭部門などの脱炭素化については、必ずしも十分に議論がなされているとはいえない。実際に、発電部門は日本国内の最終エネルギー需要の29%を占めるにすぎず(2020年時点)1、仮に現時点で全ての電力を再生可能エネルギー等のゼロエミッション電源に転換できたとしても、残りの7割は依然として化石燃料に依存せざるを得ない。もちろん、今後は輸送部門においてガソリンから電気自動車への転換が進むように、既存の化石燃料の需要も徐々に電化されていくことが期待されるものの、非電力部門の中でも特に産業部門については、大量かつ高温度の熱を必要とするため、化石燃料からの電力への転換が難しいとされている2。この点で近年関心を集めているのが原子力エネルギーを活用した産業部門の脱炭素化である。

原子力はこれまで主に発電用のエネルギーとして利用されてきたが、産業部門の脱炭素化を進めていく上では、①水素の製造エネルギー、②高温度の熱供給源の2つの方法で貢献することができる。本項では以下、これらの産業部門における脱炭素化に向けた原子力活用の意義についてまとめた上で、ごく簡単ではあるが今後の課題を提示する。

1.原子力による産業部門の脱炭素化① 水素による化石燃料代替

産業部門の脱炭素化には、水素もしくは水素を原料とするアンモニアなどの派生生産物を既存の化石燃料の代替として活用することができる。水素は現在、主として産業用ガスとして利用されているが、その多くは天然ガスを改質して製造されたものであり、その製造時にはCO2が排出される。このため、今後、脱炭素化のために利用する水素については、製造時に発生するCO2を回収して地下に貯留する炭素回収貯留技術(Carbon Capture and Storage: CCS)を組み合わせて製造するいわゆる「ブルー水素」と呼ばれる水素か、風力や太陽光発電によって得られた電力で水を電気分解して製造する「グリーン水素」、そして原子力エネルギーを活用して製造される「ピンク水素」を用いる必要がある3

これらの水素にはそれぞれ一長一短がある。例えば、ブルー水素はコストや供給安定性に優れるが発生時のCO2を完全にゼロにすることは難しい。他方、グリーン水素は製造時のCO2排出はゼロだがコストが高く、再生可能エネルギーの特質を反映し製造は間欠的となる可能性が高い。これに対し、原子力エネルギーを活用する「ピンク水素」の場合には、その製造コストは比較的高いものの、製造時のCO2発生はグリーン水素同様にゼロであり、大量の水素を安定的に供給することができる。現在産業用に利用されている化石燃料を代替する上では、後者の点(量と安定性)は非常に重要であり、特に製鉄や石油精製、石油化学プラントでは定期修理期間などを除き常時運転を行うため、その操業に必要な量の水素が安定的に供給されていることが極めて重要である。

稼働率を一定に保つ定格運転ができるという点は、水素利用における経済性を確保する上でも重要な条件である点は欧州の専門機関からも同様の指摘がなされている。2021年4月に公表されたFrench Parliamentary Office for Scientific and Technological Assessment (OPECST) による分析によると、競争力のあるゼロカーボン水素を製造するには、最低限年間5,000時間の稼働時間が必要であり(理想は8,000時間)、原子力発電による水素の製造はこの点において優位性を持つ。

他方、間欠性のある再生可能エネルギー由来のグリーン水素はこの点において難があると言わざるを得ない。そもそも日本国内においては、諸外国に比べて再生可能エネルギー資源が限られており、貴重な再生可能エネルギーで発電された電力は、そのまま電力として利用するのが最も効率的である(水素に転換することで効率が低下し貴重な再生可能エネルギーの浪費につながる)。また、ブルー水素については、コスト面、供給量の面で日本にとっては主要な水素供給源になることが想定されるが、日本の場合は国内の天然ガス生産がほとんどないため基本的には輸入に依存せざるを得ないことを考えると、エネルギー安全保障上の懸念も存在する。この点において、原子力エネルギーを由来とする水素の製造が軌道に乗れば、安定的且つ国産の水素供給が確保できるという点において望ましい。

原子力による水素製造は、近年欧米においても関心が高まっている。米国では現在、昨年11月に成立したインフラ投資法に基づき、国内数か所に「地域水素ハブ」を形成するプロジェクトが進められているが、その中の少なくとも一か所は原子力をエネルギー源とする水素の製造拠点とすることが定められている4。フランスでは、先日再選されたマクロン大統領が昨年10月に、原子力から製造される水素は同国にとって主要な資産になる可能性があると述べている5。さらに、英国においても電力事業者のEDFが、英国で建設を検討しているSizewell C原子力発電所においてピンク水素の製造を検討している6。さらに今年に入ってからも、UniperとFortumが2022年1月に、スウェーデンで操業するOskarshamn原子力発電でピンク水素を製造してLindeに販売することに合意している7

原子力エネルギーを利用して製造する水素の供給としては、グリーン水素と同様に、原子力で発電した電力をもって常温で水を電気分解する方法と、高温ガス炉などによって発生する熱を直接利用して水から水素を製造する方法(ISプロセスなどの熱化学法、高温水蒸気電解(HTSE)など)の二つがある。前者の間接的な方法はいったん原子力エネルギーを電気に転換した後で水素の製造に用いるので、原子炉の炉型を問わず適用できる点が利点である。電力による水電解装置は、近年主としてグリーン水素の製造向けに多くのメーカーが開発を進めており実際の商業化はこちらの方が早い可能性がある。2021年8月には、ノルウェーのNel Hydrogenが米国ExcelのNine Mile Point原子力発電所に1.25MWの水電解装置を設置する計画を明らかにしている8。後者の直接的な方法については現在各国で様々な技術開発が進められており、日本では、日本原子力研究開発機構が2019年1月に、高温工学試験研究炉(HTTR)を利用し、ISプロセスでの水素製造150時間連続で実現することに成功している9。また米国のIdaho National LaboratoryはXcel Energyと共に、HTSE技術の実証を行う計画である10

日本においても、「第6次エネルギー基本計画」、「グリーン成長戦略」などでは、「水素製造を含めた多様な産業利用が見込まれる高温ガス炉」などの開発を進める旨の記載がある一方、2017年に策定された日本の「水素基本戦略」には残念ながら、原子力を由来とする水素に関する記載がない11。上記のような事情や情勢を踏まえれば、「基本戦略」においても、改めて原子力由来の水素も重要な水素供給源の一つとして位置付けることを検討すべきである。

2.原子力による産業部門の脱炭素化② 原子力による熱供給

原子力エネルギーには、水素の供給源としてだけではなく、その熱をそのまま産業用プロセスに活用できるという利点がある。特に鉄鋼や化学産業においては、300℃から高いもので1,000℃を超える熱が必要になる。これを再生可能エネルギーによる電力で確保しようとすると非常にコストがかかることとそのための電源を確保するのも困難である。このような、いわゆる「排出削減が困難な部門(hard-to-abate sectors)」の脱炭素化手段として原子力エネルギーによって発生させることができる熱をそのまま産業用の熱需要に活用するという方法が近年関心を集めている。

これまでも、原子力発電において発生する熱を付近の民生部門に供給するコジェネシステムは、旧ソ連諸国や欧州においても採用されてきた。2019年時点では、ロシアやウクライナを中心に、79の原子炉が淡水化や地域熱供給の用途で用いられており、最近では小型炉や先進炉を、上記のような産業用の熱供給や、既存の石油やガスの代替となる合成燃料の製造などに用いる計画が欧米で進められている12。特に英国では、2021年3月に発表された「産業部門の脱炭素化戦略」において、電化や水素化などと併せて原子力エネルギーの利用も今後の産業部門の脱炭素化の重要な方策になると位置づけられており、950℃までの高熱を供給できる先進モジュール炉(Advanced Module Reactor: AMR)などの開発に3.85億ポンドの予算が配分されている13

表1 産業用途で必要とされる熱の温度

産業 必要となる温度
ガラス製造 1,600℃
セメント(クリンカ製造) 1,450℃
鉄鋼(高炉) 1,100℃
水素製造(水蒸気改質) 820℃
石油化学(エチレン製造) 750℃~950℃
石油精製(高度化) ~540℃
肥料製造(アンモニア合成) 450℃
石油化学(メタノール合成) 300℃
製紙 300℃
出所:Innovation for Cool Earth Forum, ICEF Industrial Heat Decarbonization Roadmap, Innovation for Cool Earth Forum, December 2019, p2.

一口に産業用の熱需要といっても、個別の産業によって必要となる熱の温度は大きく異なる(表1)。例えば、製紙や石油化学であれば比較的必要とされる温度が低いのに対し、ガラスやセメント、鉄鋼産業では1,000℃を超える熱が必要となる。このため、産業用の熱供給を目的とした原子力エネルギーの利用においては、それぞれの産業用の熱供給に適した原子炉を選択することとなる。例えば、高温が必要となる鉄鋼などの産業では、高温ガス炉などが適している14。このような高温度の熱供給については、例えば日本では、日本原子力研究開発機構のHTTRが、世界で初めて950℃での運転を50日間実施するなど、世界に先駆けた取り組みを進めている。実際の産業用のプラントと原子炉をどのように有機的に融合させるかというインフラ整備やプロセス面での課題は残るが、真剣に国内全体の排出量の実質ゼロ化を目指すのであれば、産業部門での脱炭素化は避けて通れない重要な課題であり、その中で原子力が果たすことのできる役割は大きい。

おわりに

原子力エネルギーはこれまで主として発電用のエネルギーとして用いられており、今後も状況は大きくは変わらない。しかし、カーボンニュートラルという極めて野心的な目標を達成するには、これまでの発想の枠を超えた対応が必要である。その中では、これまでは発電用のエネルギーとしての利用が主であった原子力を、水素の供給源や産業用の熱の供給源として利用するオプションも真剣に検討する価値は大いにある。特に水素に関しては、水素の製造コストそのものの競争力は厳しいかもしれないが、大量のクリーン水素を需要地の近くで安定的に製造することで、コスト以外の要素も含めた総合的な競争力を確保することができるかもしれない。この点では、引き続き、政府による開発支援の継続が重要であり、またそうしたクリーンな水素が競争力を持った形で利用されるような制度設計も重要であろう。例えば、英国では再生可能エネルギー導入時に効果的であったContract for Differenceと呼ばれる制度(市場での販売価格と目標価格との差額を供給者に補填する制度)を水素の導入にも適用することが検討されている。

現実的な問題としては立地の問題もある。原子力を産業用途で活用するには産業用の需要家と原子力プラントが近接している必要があり、それには既存のコンビナートのインフラの配置を再構成する必要があるため、長期的な視野に立った対応が必要となる。この点では、例えば比較的立地が容易な海外においてまず実証を進めていくというアプローチも考えられよう。

原子力エネルギーの産業部門での活用は、まだ新しい技術であり、今後の技術開発における課題は多く存在する。しかし、産業部門の脱炭素化という、極めて困難な課題を解決していく上では、非常に有効な手段の一つであることには間違いなく、今後の長期的な視野に立った開発の支援が必要である。

1 日本エネルギー経済研究所、「EDMCデータバンク」2022年2月[https://edmc.ieej.or.jp/edmc_db/] (2022年6月2日アクセス)
2 International Energy Agency, Net Zero 2050, International Energy Agency, 2021, p60.
3 原子力による水素は「イエロー水素」、「パープル水素」と呼ばれることもある。
4 United States Department of Energy, Regional Clean Hydrogen Hubs Implementation Strategy, 2022, p4.
5 World Nuclear News, “Macron: Nuclear 'absolutely key' to France's future,” World Nuclear News, October 13, 2021. [https://www.world-nuclear-news.org/Articles/Macron-Nuclear-absolutely-key-to-France-s-future]
6 EDF, “Sizewell C seeks partners to develop Hydrogen and Direct Air Capture,” November 23, 2020. [https://www.edfenergy.com/energy/nuclear-new-build-projects/sizewell-c/news-views/sizewell-c-seeks-partners-develop-hydrogen-and-direct-air-capture]
7 Collins, Leigh, “World first for nuclear-powered pink hydrogen as commercial deal signed in Sweden,” Recharge, 25 January 2022. [https://www.rechargenews.com/energy-transition/world-first-for-nuclear-powered-pink-hydrogen-as-commercial-deal-signed-in-sweden/2-1-1155202]
8 Nel Hydrogen, “Nel ASA: Receives contract for a 1.25 MW containerized PEM electrolyzer for DOE H2@Scale project in the US.” August 18, 2021. [https://nelhydrogen.com/press-release/nel-asa-receives-contract-for-a-1-25-mw-containerized-pem-electrolyzer-for-doe-h2scale-project-in-the-us/]
9 資源エネルギー庁(2022)「今後の原子力政策について」 2022年4月24日、p44. [https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/genshiryoku/pdf/024_03_00.pdf]
10 Idaho National Laboratory (2020),” PRIVATE-PUBLIC PARTNERSHIP WILL USE NUCLEAR ENERGY FOR CLEAN HYDROGEN PRODUCTION,” November 9, 2020. [https://inl.gov/article/xcel-energy-inl-hydrogen-production/]
11 再⽣可能エネルギー・⽔素等関係閣僚会議、「水素基本戦略」、2017年12月26日
12 World Nuclear Association, “Nuclear Process Heat for Industry,” September 2021. [https://world-nuclear.org/information-library/non-power-nuclear-applications/industry/nuclear-process-heat-for-industry.aspx#:~:text=Nuclear%20energy%20is%20an%20excellent,in%20the%20future%3A%20hydrogen%20production]
13 HM Government, Industrial Decarbonization Strategy. March 2021, p73.
14 World Nuclear Association, “Nuclear Process Heat for Industry,” September 2021. [https://world-nuclear.org/information-library/non-power-nuclear-applications/industry/nuclear-process-heat-for-industry.aspx#:~:text=Nuclear%20energy%20is%20an%20excellent,in%20the%20future%3A%20hydrogen%20production]