1_6_6 水質分布モデル
達成目標
ローカルスケール領域の各ボーリング孔で得られた水質の深度分布に基づいて,ボーリング調査を行っていない領域の水質分布を内・外挿により推定して,空間分布を図化します。また,地下水年代や水質形成機構に関わる情報も図化し,広域の地球化学環境のイメージを構築するとともに,水理地質モデルや地下水流動モデルと比較できるようにすることを目標とします。
方法・ノウハウ1-3)
①水質分布図の作成:
既設のボーリングや新規のボーリングの調査によって得られた水質について,ボーリング位置座標に基づき各成分濃度の深度プロファイルを市販の統計ソフトウェア(実験・計測データを,クリギングなどの統計処理を介して三次元で物性値などの分布を可視化するツール)などにより図化します。ボーリング孔間のデータ不在領域については,クリギングにより内・外挿します。
- クリギングにより図化される水質分布は,データに特異点があるとその影響を受けることがあるので(例えば,ある地点で異常に高い濃度データがあると,その周囲の濃度分布が周辺と異なる形状になる),濃度分布図作成後に幾つかの地点で入力濃度値を任意に変更してみて,図化された結果がどの程度変わり得るのか確認しておきます。
- 岩体が均質な地層で構成されていて,なおかつ塩水が分布している場合は,Cl(塩化物)イオン濃度の図化結果と電気・電磁探査(比抵抗値分布)の結果を比べて,比抵抗から推定できる電気伝導度分布と矛盾がないか確認します。
②水質形成機構の解析:
水質分布図に基づいて,Cl(塩化物)イオン濃度が高い領域がないか確認します。Cl(塩化物)イオン濃度が高い領域(塩水系地下水)と低い領域(淡水系地下水)がある場合は,それぞれの領域において水質形成機構の解析を行います。
- 塩水系地下水が存在する場合は,その由来が海水であるか長期的水-岩石反応により生成したかん水であるか確認します。確認は,水素・酸素・塩素同位体比,Br/Cl比,B/Cl比,地史(海成層の有無)等に基づいて行います。
- 淡水系地下水が存在する場合は,岩石中に一般的に含まれる鉱物である石英や長石類などのケイ酸塩鉱物,炭酸塩鉱物などとの水-鉱物反応を同定するための熱力学解析を行います。解析においては,pH や酸化還元電位に関わる二次鉱物として炭酸塩鉱物,含鉄・含硫黄鉱物の飽和指数に着目します。計算には米国地質調査所(USGS)が開発した無償の計算ソフトPHREEQCの利便性が高いです。
- 酸化還元電位の解析では,溶存酸素,窒素化合物(硝酸・亜硝酸・アンモニウムイオン),Mn(マンガン)イオン,Fe(鉄)イオン,SO4(硫酸)イオン,HS(硫化水素)イオン,CO3(炭酸)イオン,CH4(メタン)ガスなどの化学種の分析値をもとに,それぞれの酸化還元反応に関わる理論的平衡電位を計算し,原位置の実測値が平衡電位と同等になるか否かを確認します。
③滞留時間の解析:
トリチウム(3H),放射性炭素(14C),放射性塩素(36Cl)などの天然に存在する放射性同位体,希ガス同位体に基づいて地下水年代を推定します。推定した年代値を水質分布図に重ね書きし,滞留時間と水質の関連性について確認します。
- 放射性同位体の半減期を利用する滞留時間の算出では,前提として地下水が他の地下水と混合することなくピストン流で当該深度まで達している必要があります。掘削水による汚染の可能性を排除した後で半減期が約12年のトリチウムが検出される地点においては,若い年代の地下水が混入していることから半減期が約5730年の放射性炭素などは利用できません。
- 放射性炭素を利用する場合は,鉱物や有機物から地下水に供給される炭素量を補正する必要があります。
東濃地域における実施例
ローカルスケール領域の水質分布,地質・地質構造や地下水流動との関連性を考察しました。その結果,ローカルスケール領域の地下水について以下のことを明らかにできました。
- 1_5_6で推定したとおり,ローカルスケール領域北方の地下水涵養域においてNa-(Ca)-HCO3型地下水,南方の地下水流出域(サイトスケール領域)においてNa-Cl型地下水が分布する4)。データの不在領域をクリギングで補完した結果(図1),両地下水の分布境界付近では地下水水頭が異なり,かつ月吉断層が分布すると考えられる(図2;1_6_3参照)。このことから,月吉断層は地下水の流動状態と水質分布の両方に影響を与えている可能性がある。
- 地下水の主流動方向と交差し,月吉断層と同規模の(あるいはより大きな)断層が存在する場合は,断層が地下水の流動状態および地球化学的特性に影響している可能性を念頭においてボーリングを配置するなど,調査計画時に考慮する必要がある。
- PHREEQCを用いた熱力学的解析の結果,Na-(Ca)-HCO3型地下水は,主に水-鉱物反応により水質が形成されている5)。Na-(Ca)-Cl型地下水は,花崗岩深部の高塩分地下水と花崗岩上部の低塩分地下水の混合により水質が形成されている4)。
- 複数の異なる水質の地下水が広範囲に分布する場合,また,異なる水質の地下水の混合により地下水水質が形成されている場合(東濃ではNa-HCO3-Cl型,Na-(Ca)-Cl型地下水),多変量解析の一手法である主成分分析が水質分布の解析手法として有効である。水-鉱物反応により水質が形成されている場合(東濃ではNa-(Ca)-HCO3型地下水),化学平衡論に基づく熱力学計算や鉱物観察が水質形成過程の解析手法として有効である。
- Na-(Ca)-HCO3型地下水の年代は1万数千年程度であり6-8),Na-(Ca)-Cl型地下水の年代は不明だが,塩素同位体比に基づくと非常に古い可能性がある9)。
- 複数の年代測定法を組み合わせることで,地下水のおおよその滞留年代を推定できることが示された。一方,測定対象となる成分(例えば14Cの場合は炭酸)の濃度が低い場合は,サンプリング方法や測定方法の違いによりサンプルの汚染度合いが異なり,測定結果に差が生じてしまう可能性があることに留意する必要がある 10)。
ローカルスケール領域の地球化学モデルは,図3のように表現できます。



参考文献
- 太田久仁雄,佐藤稔紀,竹内真司,岩月輝希,天野健治,三枝博光,松岡稔幸,尾上博則 (2005): 東濃地域における地上からの地質環境の調査・評価技術,核燃料サイクル開発機構,JNC TN7400 2005-023,373p.
- 濱克宏,水野崇,笹尾英嗣,岩月輝希,三枝博光,佐藤稔紀,藤田朝雄,笹本広,松岡稔幸,横田秀晴,石井英一,津坂仁和,青柳和平,中山雅,大山卓也,梅田浩司,安江健一,浅森浩一,大澤英昭,小出馨,伊藤洋昭,長江衣佐子,夏山諒子,仙波毅,天野健治 (2015): 第2期中期計画期間における研究成果取りまとめ報告書; 深地層の研究施設計画および地質環境の長期安定性に関する研究,日本原子力研究開発機構,JAEA-Research 2015-007,269p.
- 岩月輝希,水野崇,國丸貴紀,天野由記,松崎達二,仙波毅 (2012): 地層処分事業に関わる地球化学分野の技術者が継承すべき知見のエキスパート化-文献調査から精密調査段階における地球化学解析手順について-,原子力バックエンド研究,Vol.19,No.2,pp.51-64.
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- Taniguchi, M. and Holman, I.P. (eds.) (2017): Groundwater Response to Changing Climate, CRC Press, 246p.
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- 加藤利弘,岩月輝希,西尾智博 (2017): 地下水中の溶存無機炭素を対象とした放射性炭素同位体測定のためのガス化回収法の適用性検討,JAEA-Technology 2017-009,30p.