1_6_7 地球化学環境の長期変遷モデル
達成目標

ローカルスケールにおけるボーリング調査やデータの整理によって構築された地球化学モデルは,現在の地下水化学環境を表現するものです。地下水年代の範囲を超える時間スケールでは,地下水が入れ替わってしまうため,現在観察される化学環境が長期的に現在と同様であるのか,地層処分においてその安全性の見通しを得る必要がある数万年以上の期間にわたって,提示する必要があります。そのためには,同等の時間スケールの過去の化学環境について技術的根拠に基づいて解析し,将来に外挿してその化学環境を推測しておくことが重要です。長期変遷モデルの構築では,現在の地球化学モデルで示された環境がどのように形成されてきたのか,今後どうなっていくのかを推論する手法を整備することを目標とします。

方法・ノウハウ1)

①現在の地球化学条件に関わる主要プロセスの整理:

まず,地球化学モデルに示された現在の地下水のpH,酸化還元電位,イオン濃度に影響を与える主要プロセスを確認します。その上で,それらの主要プロセスの長期継続性に関わる鉱物学的証拠の確認や関連プロセスの相互関係を分析します。

②鉱物,同位体組成などに基づく過去の環境変遷の推測:

地下水のpH,酸化還元電位は,主に水-鉱物反応(緩衝反応)によりその値が形成されています。これらに関わる鉱物(炭酸塩鉱物や鉄鉱物,硫化鉱物などの二次鉱物)が岩盤中にどのように分布しているか,それらがどのような化学条件で安定なのか,いつ頃沈殿したのか,などを調べることで,長期的な化学環境を推測することができます。

  1. 地下水のpHは炭酸化学種の濃度に影響を受けることが多いですが,この場合,地下水は中性~アルカリ性の化学条件となり,炭酸塩鉱物が安定に存在する地下水環境となります。一方で,炭酸塩鉱物が観察されない深度や,その溶脱痕が観察される場所(浅層部など)では,過去~現在までに中性~アルカリ性のpHではなかった時期が存在したと推察されます。したがって,地史や鉱物形,同位体組成に基づいて炭酸塩鉱物の生成年代を推察することで,pHの長期的な安定領域を同定することができます2), 3)
  2. 地下の酸化還元状態は,地下水の酸化還元状態に応じて鉱物種が変化するような鉱物を調べ,その種類が深度とともに変わること(例えば酸化鉄(水酸化鉄)→硫化鉄)を利用して把握することができます。つまり,ボーリングコア中のこれらの鉱物の種類と変化が,地下の酸化還元状態の変遷を推測するうえで指標となります。ただし,これらの鉱物の生成年代を推定する手法は未確立です。例えば,沈殿した年代を推定した炭酸塩鉱物中の鉄やウランの含有量に基づいて,長期的な酸化還元状態の変遷を推測する手法などが検討されていますが4),今後の課題として残されています。
  3. イオン濃度については,炭酸塩鉱物中に流体包有物(fluid inclusion)を確認できた場合に,その凍結温度から,炭酸塩鉱物が沈殿した時の地下水の塩分濃度を推定することができます1)。しかしながら,このような事例は稀であり,直接的に長期的な水質の変遷を推測する直接的手法は確立していません。

③Process Influence Diagramによる整理,シナリオ分析:

pH,酸化還元電位,イオン濃度に影響を与える主要プロセスの相互関連性の分析は,地質環境の長期変遷を間接的に推測する手法です1), 5)。化学環境の形成に関わる地質,水理,化学プロセスなどを以下のように総合的に整理して,化学環境の長期変遷を推測します。

  1. 調査領域およびその周辺の地史を年表として整理します。各時代において,岩盤中の水みち形成,地下水流動や化学環境に影響を与え得る地質現象(隆起・沈降や海進・海退,氷河作用,断層形成など)に注目します。
  2. 各地質現象により生じる地下水流動の変化,化学環境の変化を類推します(海進・海退に伴う塩水・淡水の浸入,隆起に伴う割れ目の形成など)。調査地域以外の事例も参考にします。
  3. 鉱物の産状などから推測される各時代の化学条件や主要プロセス,それらと地質現象,地下水流動などとの関連性を考察して,時代ごとに相関図を整理します。
  4. 地質現象が起こる時間スケールを踏まえて,将来の地質現象,地下水流動の変化,化学環境について外挿してシナリオとして類推します。

これらを図に示したものがProcess Influence Diagramです。

東濃地域における実施例

ローカルスケール領域のボーリング調査で得られた岩石試料について,深度ごとに割れ目表面の二次鉱物の観察,分析を行いました。各ボーリング孔において,酸化環境の指標として酸化鉄鉱物が観察される深度,炭酸塩鉱物が観察できない深度などを確認し,地表の環境変化が地下の化学環境に影響を及ぼし得る深度を確認しました(図1)。それ以深の深度では,数百点の炭酸塩鉱物の電子顕微鏡観察,同位体分析を行い,地史,鉱物の結晶形,地下水の炭素・酸素同位体比からそれぞれの起源となった水や生成された地質時代を推測しました(図2)。それらに基づき,地史に基づく主要プロセスの相互関連の分析を行った結果,以下のことを明らかにできました1), 4)図3)。

東濃地域で実施した事例により,地球化学条件に関わる主要プロセスの整理,鉱物や同位体組成に基づく過去の環境変遷の推測,Process Influence Diagramを用いた整理とシナリオ分析が,将来の地下水環境の変化を推測するうえで有用な手法であることが提示されました。

図1 炭酸塩鉱物の溶脱フロントの深度分布(TDS:総溶解固形分)
炭酸塩鉱物の一種である方解石(カルサイト)のカソードルミネッセンス画像と,地史に基づいて推測した炭酸塩鉱物の沈殿時期の概念図。カソードルミネッセンス画像は1cm四方の写真で,岩盤の割れ目を充填する方解石がオレンジ色に呈色しており,かつ明るさの違いで4層の層状構造をしている。岩盤側から順に,1~4のアラビア数字が割り振ってある。図中の説明文は「花崗岩の割れ目表面で観察された方解石の層状沈殿。地史や結晶形,炭素・酸素同位体比から4層に分類することができ,それぞれ起源となった水や生成した時代を推測することができる。1:?,2:淡水起源の方解石,3:海水~汽水起源の方解石,4:淡水起源の方解石。方解石は中性~アルカリ性のpHで安定な鉱物であり,数十万年にわたって地下深部のpHが現在と同様の中性~アルカリ性であったと判断できる。」とある。概念図は20 Maから1.5 Ma(2000万年前から150万年前)の概略的な地質断面図が並記してあり,基盤岩となる土岐花崗岩の上に瑞浪層群が堆積する過程と,各時間断面における地下水の流動方向が矢印で表してある。20-18 Ma:淡水成の土岐夾炭層が堆積。地下水は,地形勾配に沿って画像の右上から左下へ向かって淡水が流れる。Generation 2 の炭酸塩が沈殿。18-16 Ma:海進の時期で,淡水成の本郷層と,その上位に海水成の明世層が堆積。両層の堆積過程で月吉断層が活動する。地下水は右上から流れる淡水と,明世層や本郷層を通過して地下深部へ向かう海水由来のものがある。Generation 2~3の炭酸塩が堆積。その後海退に転じ,明世層の上位が侵食される。15 Ma:再び海進することで海成の生俵層が堆積し,Generation 3 の炭酸塩が沈殿。15-12Ma:海退に転じ,明世層の上位に生俵層が堆積。瑞浪層群内には淡水由来の地下水が涵養。12-1.5 Ma:淡水成の瀬戸層群が堆積し,Generation 4 の炭酸塩が沈殿。
図2 地質時代ごとに生成した炭酸塩鉱物の同定
過去の水理・化学条件に関わる天然現象のうち,地質現象では約7500万年前に花崗岩が形成され,約2700万年前には湖成層と海成層が堆積し,花崗岩に冷却割れ目が形成された。約1500万年前に海退が起こり,花崗岩に月吉断層が形成された。これらの地質構造の形成は,複数の水理地質特性の異なる領域が形成されたことを意味する。割れ目の分布特性の違いは,割れ目高密度帯・割れ目低密度帯に区分される領域を形成し,月吉断層の上流側(北側)では天水が化石海水を洗い出す,下流側(南側)は相対的に滞留状態になる,という地下水流動特性をもたらした。地下水化学では,地下水の入れ替わりと,炭酸塩・硫化鉱物によるpH-Eh緩衝反応が起こった。カルサイトの沈殿は,約7500万年前に熱水,約2000万年前に淡水,約1700万年前に海水,1500万年前に淡水をそれぞれ起源とする沈殿が生じた。パイライト(FeS2)は起源不明だが,熱水または海水起源と考えられる。これらの鉱物の存在から,長期的な化学条件の変動範囲は,pH約7~10であると分かる。酸化還元電位に敏感に反応するパイライトは分布量が少なく,Ehの変動範囲は明らかになっていない。現在~約千年後までの水理・化学条件に関わる人為現象では,施設建設~閉鎖という流れの中で,以下の現象が考えられる。1. 施設の建設により,水圧低下や大気浸透が生じ,地下水のpHやEhが少し上昇する。2. 施設の維持管理により,水圧低下が続き浅層水が地下へ浸透し,水質の混合が生じ,Ehが上昇する可能性がある。また,セメントを持ち込むことで,pHは11程度まで上昇しうる。3. 施設閉鎖により水圧が回復すると,1. と同様に水質混合が起こる。また,埋め戻し材を持ち込むことで鉱物反応が起こり,セメント材料により上昇したpHが下降する可能性がある。将来の水理・化学条件に関わる天然現象のうち,地質現象として約10万年後から数十万年後にわたり隆起・浸食(0.2~0.3m/千年)が起こる。これらの影響で堆積岩が削剥されれば,数十万年後には除荷に伴い花崗岩上部で新たな割れ目が形成されることが考えられる。地下水流動特性としては,上部で新たな割れ目が形成されると岩盤上部の透水性が増加し,天水のより深部への浸透が起こる。断層の再活動が生じれば,断層周囲の浸透性が増加し,天水のより深部への浸透が起こる。地下水化学の観点では,数十万年後においても現状と同じく中性のpHで還元環境が継続すると考えられる。これらは岩盤中に十分存在する炭酸塩・硫化鉱物によるpH-Eh緩衝反応によって起こる。一方で,地質現象の変化が生じ,天水が深部へ浸透すれば,数十万年後にはその影響で塩分濃度は減少する。
図3 地球化学環境に関わる諸プロセスと相互関連のシナリオ(Process Influence Diagram)
参考文献
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