原子力船「むつ」は、ほとんど日本独自の技術、確証試験等に基づいて設計・建造・運航されました。この貴重な経験は、次のような知見・技術として将来の原子力船の建造等に生かされます。
原子力船「むつ」の開発を通して得られた知見は、様々なデータとして記録されています。開発計画、設計、建造等については、計画書、試験報告書、計算書、検討書、設計図等の文書あるいは図面として記録が残されています。
また、出力上昇試験、海上試験運転及び実験航海における諸試験・運転時の原子炉及び船の特性に係わる測定データは、ディジタル値として磁気テープに記録されています。
磁気テープに測定された項目は約50、データ個数として約200億個(約40ギガ・バイト)に達します。これらの膨大なデータは、今度の原子力船及び舶用炉の研究開発に有効かつ効率的に活用するために、データを取り出しやすく、長期保存が可能な光磁気ディスク等の媒体に移し替える等の整理を施し、データベースとして保存します。
船は、激しい波の中を航行したり、航行の安全のために急激に前進から後進へ切り換えたり、舵を取る等により大きな動揺加速度を受けるとともに、急激な負荷変動を生じます。このような環境・操船条件の下での原子炉の挙動を設計段階で正確に把握できれば、舶用炉の開発を効率的に展開することが可能となります。
日本原子力研究開発機構(旧日本原子力研究所)では、次世代の舶用炉の研究開発を行う重要な道具の一つとして、原子力船エンジニアリング・シミュレーション・システムの開発整備を行いました。
このシステムは、電子計算機・タッチパネル付ブラウン管・ダイナミックキーボード等から構成され、相互に関連しあう波・風等の環境の外力、船体の運動、プロペラの負荷変動、主機タービン系の挙動及び原子炉プラントの挙動全体を、実際の現象の進行速度と同じ程度の速度で計算します。原子力船「むつ」の実験航海等で得た貴重な測定データを用いて、システムの調整・検証を実施しています。
また、原子力船エンジニアリング・シミュレーション・システムでは、原子力船「むつ」では遭遇しなかった事故事象や、極めて悪い海洋環境下での挙動解析や事故事象についての解析も可能です。
原子力船「むつ」は、これまで世界の海を航行した11隻の原子力商船のうちの1隻としてその運航を終了しました。世界では、まだ数隻の原子力商船が原子力の特長を生かして運航されています。
限りある化石燃料からいずれは脱却を求められる海上輸送のエネルギー源として、また、現存エネルギー源と比較すれば無限ともいえるほど長時間使用できるエネルギー源として、海洋における原子力利用は欠かすことができないものと考えます。
日本原子力研究開発機構(旧日本原子力研究所)は、これまでともに携わってきた学界及び産業界の方々と協力し、原子力船「むつ」の経験より得た知見を将来の原子力利用に生かしてまいります。