核不拡散ニュース No.0057 2007.06.22
<北朝鮮動向:北朝鮮資金の移管完了と2月13日合意の履行への着手>
2005年9月以来、北朝鮮核問題の動向を大きく左右し続けてきた北朝鮮に対する金融制裁問題は、マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」で凍結されていた北朝鮮資金(2,500万ドル)の殆どが北朝鮮口座へ移管されたことにより、一通り終結した。
北朝鮮資金の移管手続きが始まったのを受けて、6月16日、北朝鮮は核関連施設の運転停止・封印に関する検認および監視の方法を議論するため、国際原子力機関(IAEA)代表団を招請する旨の書簡をIAEAに送り、それを受けIAEAは、6月25日の週に代表団を北朝鮮に送り、寧辺の5MW(e)黒鉛減速炉及び再処理施設を含む核関連施設の運転停止の定義及び封印の取付けに関する手順・詳細を詰める。北朝鮮側と詳細で合意した後、IAEAは査察チームを改めて送ることになり、査察チームの派遣は早くて7月初めになる模様である。2月13日合意で定められた北朝鮮の核問題解決に向けての初期的措置は、4月14日の履行期限を2ヶ月以上過ぎてようやく、実行に移される見通しとなった。
北朝鮮の凍結資金をめぐっては、今年1月のベルリンでの米朝非公式会合において六者会合のヒル米国首席代表(国務次官補)と北朝鮮代表の金柱官(キム・ゲグァン)外務次官との間で資金凍結解除の約束が交わされたとされる。しかし、当初3月半ば過ぎには資金凍結解除及び移管問題が終結するとの両者の思惑とは異なり、同問題の決着にはさらに3ヶ月を要した。その背景を整理すると、次のとおりになる。
- 3月19日、グレーザー米財務副次官補(テロ資金・金融犯罪担当)は、BDAで凍結されている北朝鮮資金が、中国政府が約7割の株式を保有する中国銀行にある朝鮮貿易銀行口座に移管されることを前提とし全額凍結解除されることを発表した。しかし、中国銀行は北朝鮮資金の受取り先となることを拒否した。
- 4月18日、BDAのマネーロンダリング関与を決定付けた3月14日の米財務省の最終的な結論によって「米国愛国法」セクション311に準じた金融制裁が正式に発動し、BDAと米国の金融機関との直接的及び間接的な取引が禁止された。
- 国際金融システムからの孤立を余儀なくされた北朝鮮は、第三の金融機関との取引を介して資金を移管することで、同国の国際金融システムへの復帰を図ることを目的とし、資金の移管に第三の金融機関を仲介させることを米国政府に求めた。米国務省はロシア・イタリアの金融機関に第三の金融機関としての仲介役を打診したが、両国の金融機関は、北朝鮮資金の取引に応じることで米財務省の金融制裁の対象になる危険があるとの懸念から、仲介役を拒否した。
- 上記の状況から、北朝鮮が米国政府に対して、米国の金融機関に仲介役を求めたことを受け、米国務省は米大手銀行Wachovia Corp.(ワコビア)に移管の仲介銀行になることを依頼した。同銀行は、仲介役を引き受けるにあたっては、北朝鮮資金の移管関与が「米国愛国法」セクション311に伴う金融制裁の「例外扱い」になるとの米財務省及び司法省からの「保証」を求めたが、「保証」が実現しなかったため仲介役を拒否した。
- 米大統領府がBDA問題に関する前向きな検討を米財務省及び司法省に要請したのを受け、両省は米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)がセクション311の対象外との法解釈を行い、北朝鮮資金の移管の仲介役として、ニューヨーク連邦準備銀行が使われることとなった。しかし連邦準備銀行を仲介として送金する場合には第三国の中央銀行を経由しなければならず、ヒル国務次官補は5月30日の訪中の際、中国政府に協力を打診した。しかし、中国政府は協力を断った。
- 替わってロシア政府が米財務省による「保証」を条件に仲介役を引き受け、「BDA」→ニューヨーク連銀→ロシア中央銀行→ロシアのハバロフスクに本店がある「極東商業銀行」にある朝鮮貿易銀行名義の北朝鮮口座という送金ルートが設定された。
- ロシアのロシュコフ外務次官は、米政府による「保証」を受けたことを確認し、6月19日、韓国の宋旻淳(ソン・ミンスン)外交通商相及び米国のヒル国務次官補はそれぞれ、BDAで凍結されていた北朝鮮資金がロシアの北朝鮮口座に入金されたとの認識を示した。
(情報ソース)
- 米財務省ホームページ" Treasury Finalizes Rule Against Banco Delta Asia"
- 米財務省ホームページ" Statement by DASGl aseron the Disposition of DPRK-Related Funds Frozenat Banco Delta Asia"
- ワシントンポスト紙電子版、5月17日"Transfer of N.Korea Money Sought"
- NHKニュース電子版
- ITAR-TASS電子版6月18日
<核燃料供給保証に関する昨今の動き>
核燃料供給保証に関して、今週2つの動きがあったので以下、報告する。
(1)IAEA事務局長レポート
IAEAによれば、核燃料供給保証に関するIAEA事務局長レポート"Possible NewFramework for the Utilization of Nuclear Energy: Options for Assurance of supply of Nuclear Fuel"(原子力利用のために構築する新たな枠組み:核燃料供給保証のオプション)がIAEA理事会に提出された。90ページからなる当該レポートには、過去2年間に出された核燃料供給保証の枠組み構築に関する諸提案等が記載されている。エルバラダイ事務局長は、核燃料サイクルには新しいマルチラテラルな枠組み構築が必要と述べ、当該枠組みは、(1)原子力発電所への核燃料供給保証、(2)濃縮及び再処理施設は将来的には各国からマルチラテラルでの運転に移行する、(3)将来の濃縮と再処理はマルチラテラルでの運転に制限する、ようなメカニズムを確立することによって達成される、としている。
(2)米国下院が国際核燃料バンクの設立に関して5千万ドルの歳出を認める法案を可決
6月18日、米国下院は国際核燃料バンクの設立を支持する「2007年平和と核不拡散のための国際核燃料法案」(International Nuclear Fuel for Peace and Nonproliferation Act of 2007)を可決した。当該法案は、<核不拡散ニュースNo.0055>で紹介した「ラントス法案」の改訂版であり、米国の2008年度予算から国際核燃料バンクの設立のために5千万ドルを支出するというもので、その条件として、
(1)IAEAが国際核燃料バンクの設立を支援する目的で合計1億ドル以上の誓約を得ているとともに7,500万ドル以上の資金を受領していること。
(2)当該バンクが非核兵器国に設置されIAEAの監督下に置かれること。
(3)核燃料の受領国が
a)IAEA保障措置協定を遵守し追加議定書を発効させていること
b)過去に保障措置違反と判断されたことのある国の場合、当該国がその不遵守に関する事務局長の懸念を解消する措置をすでに採ったとIAEA理事会が判断していること
c)IAEA保障措置協定に従って燃料を使うことに合意すること
d)原子力技術、汎用技術及び他の機微な核物質に関して米国が維持しているのと同等の効果的で強制力のある輸出管理を行っていること
e)受領国がどのような規模でもウラン濃縮施設や使用済燃料再処理施設を保有していないこと
f)テロ活動を支援していないこと
(4)国際核燃料バンクからは、現行の市場価格のみの核燃料が提供されること等を大統領が上下院の外交委員会に証明すること。
また、大統領には、法律制定後、180日以内に、上下院の外交委員会に対して、米国内に国際ウラン濃縮施設を設立することの実現可能性を含むIAEA等の多国間組織下で核燃料供給保証に関する国際的枠組みの設立を支援する米国の活動についてのレポートを提出することが求められている。核不拡散ニュースNo.0055でも述べたが、核燃料供給保証メカニズム設立の主要論点の一つは、受領国の要件として、濃縮や再処理といった機微技術の放棄を求めるか否かである。上記(2)の米国法案では、大統領による受領国要件の免除を、f)のテロ要件のみに限定しており、e)受領国がウラン濃縮施設や使用済み燃料再処理施設を保有していないこと、は免除とならずこれを絶対的なものとしている。上記(1)のIAEA事務局長レポートでは、「メカニズムへの参加は任意であり、各国の燃料オプションは各国の選択による」、としており、昨年のIAEA特別イベントで主に開発途上国から表明された核不拡散条約(NPT)第4条の原子力平和利用の権利に配慮したものとなっている。今週開催されたIAEA理事会では事務局長レポートが提出されたのみで、理事会での具体的な議論はなされなかったが、上記米国議会での動向も併せ、今後は、9月もしくは11月のIAEA理事会(総会)において、具体的なメカニズム案(国際核燃料バンクの設立を含む)、受領国要件、メカニズム発動要件、メカニズム運営機関の役割、等について、すでにメカニズム構築に関して提案を行っている仏、独、蘭、露、英、米、日、またウラン産出国である豪、加、さらに韓国や開発途上国も交えて活発な議論が展開されると予想され、引き続き動向を注視する必要がある。
(情報ソース)
- IAEA事務局長レポート"Possible New Framework for the Utilization of Nuclear Energy: Optionsf or Assurance of Supply of nuclear Fuel"(原子力利用のための構築する新たな枠組み:核燃料供給保証のオプション)に関するIAEAの説明。なお事務局長レポートはIAEAホームページでは公開されていない
- 2007年平和と核不拡散のための国際核燃料法案(H.R.885RH:International Nuclear Fuelf or Peace and Nonproliferation Act of 2007)http://thomas.loc.gov/から法案番号でH.R.885RHを入力
この3ヶ月余りの資金移管問題を巡る動向は、北朝鮮の国際金融システムからの孤立が今後も引き続くであろうことを予見させるものである。しかし、それ以上に目立ったのは、米国政府内の二つの相反する北朝鮮政策の存在とその連携の拙さであろう。ブッシュ政権第1期目に端を発するネオコン及び財務省主導の北朝鮮の国際金融システムからの孤立化政策は、金融面での北朝鮮締め付けに功を奏し、今尚北朝鮮政策に色濃く残る。国務省主導の北朝鮮関与政策は、政権2期目になって多くの権限が与えられるようになったが、そのことで残存する北朝鮮孤立化政策との矛盾が目立ってきている。今回の資金移管の問題ではこれらの二つの政策の調整の欠如が露呈されたばかりではなく、相反する二勢力に揺れる米国政府の実行能力に対する関係国の不信も窺わせた。今後、北朝鮮の核問題が初期的措置の履行から次なる措置へと進展するに従い、より困難な問題に直面することが予想される。そのような中、核問題の解決に向けて、関係国の団結がより一層求められるが、今回の資金移管問題で表面化した米国政府内の足並みの乱れは今後の大きな不安定要素と認識される。
【解説:政策調査室 濱田】