キーノートスピーチ「原子力の平和利用と核不拡散の両立に向けた日本の取組み」
秋元 勇巳 日本経済団体連合会 資源・エネルギー対策委員会委員長 三菱マテリアル(株)名誉顧問
1. 日本の原子力政策の概要、2. 原子力平和利用の透明性及び信頼性獲得への努力、3. 核燃料供給保証、4. 米国の国際原子力エネルギー・パートナーシップ(GNEP)、及び5. 米印原子力協力、について私見を交えつつ述べる。

2005年10月に原子力委員会が「原子力政策大綱」を策定し、閣議決定された。日本では、原子力発電が安定的で信頼できるエネルギー源の確保と地球温暖化対策に貢献する有力な手段であり、核燃料のリサイクルによりエネルギー供給の安定性を改善でき、更に高速増殖炉サイクルが実用化すればエネルギー資源の利用効率を飛躍的に向上できる。そのため、高速増殖炉は2050年頃からの商業ベースでの導入を目指し、現在、高速増殖炉「もんじゅ」の運転再開を進めている。
原子力委員会では、核燃料サイクル政策のあり方を定める際に、4つのシナリオを想定し各々のシナリオについて、安全性、経済性、エネルギー安定供給、環境適合性、核不拡散性、等の10項目の観点から評価を行い、「我が国においては、核燃料資源をできる限り有効に利用することを目指し、使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム、ウラン等を有効利用することを基本方針とする」と決定した。また、科学技術基本計画に基づき、国家的な目標と長期戦略の下で集中的に投資すべき「国家基幹技術」の一つとして、「高速増殖炉サイクル技術」が選定された。
一方で私は、上記の日本の原子力政策に関して、高速炉の導入の仕方については多少異なる考えを持っている。まず、軽水炉システムにおける廃棄物処分対策を早期に確立するため、マイナーアクチニドなどの長寿命核種を高速炉で燃焼させることにより環境負荷を低減させる技術の実用化を急ぐべきと考える。また現在、先進リサイクルシステムに関する国際協力として次世代原子力システムに関する国際フォーラム(GIF)やGNEPがあるが、様々な選択肢について幅広く並行して研究開発を進めていくのは必ずしも効率的ではなく、ナトリウム冷却型高速炉や先進湿式再処理など、有望技術の絞込みを早期に行い、標準化・規格化を進めつつ効率的・効果的に研究開発を進めていくことが重要であると考える。
日本は、核燃料サイクル施設の実施が国際的に認められている唯一の非核兵器国であるが、今まで原子力平和利用の透明性を高め、国際社会の理解と信頼を得るために様々な努力を行ってきた。「原子力基本法」や「非核三原則」の下、原子力の平和利用に徹するとともに、「核兵器不拡散条約(NPT)」に加盟し、国際原子力機関(IAEA)と包括的保障措置協定を締結した。また保障措置強化の検討にも積極的に貢献し、追加議定書も批准した。
東海再処理工場の建設・運転に際しては、当時はIAEAとの保障措置協定もなかったが、IAEA査察を受け入れ、また米国からのプルトニウム単体抽出を改造すべき旨の要請には、設計の一部を変更してプルトニウムとウランを混ぜて転換する混合転換に改造し運転することで誠実に対応した。六ヶ所再処理施設の建設に当たっては、IAEAへの特別拠出により「大型再処理保障措置プロジェクト(LASCAR)」を立ち上げ、商用再処理施設への保障措置手段・手順の検討に貢献した。その他、IAEAによる再処理施設の24時間常駐査察や、抜き打ち的な査察、補完的アクセスにも協力、また国内計量管理制度の下で核物質量の移動を把握した上でIAEAに申告し査察を受けることで平和利用の透明性を確保している。また原子力機構に高精度に微量の核物質を分析できる高度環境分析研究棟(CLEAR)を設置し、IAEAのネットワーク分析所として保障措置強化の重要な手段である環境試料分析にあたるなどIAEAの分析をバックアップしている。このような努力により、大規模原子力開発国としては初めて「申告核物質の転用もなく、未申告の核物質や原子力活動も存在しない」との拡大結論が出され、統合保障措置への移行が認められた。
また、上記のような国際的な義務の遵守のみならず、IAEA保障措置追加議定書の普遍化、輸出管理の強化、包括的核実験禁止条約(CTBT)に基づく国際監視システムの構築、ロシア解体核から生じるプルトニウム処分や退役原子力潜水艦の解体事業(希望の星)への協力など、非核化・核軍縮分野においても国際協力を積極的に行っている。加えて使用済燃料の再処理による回収プルトニウムにつきその利用計画を公表する等、核燃料サイクルの透明性を一層向上させるための努力も行っている。
上記のように日本は、原子力開発の透明性、核拡散防止努力など、非核兵器国として核燃料サイクル活動を行う場合のモデルを世界に実証してきた。他国も日本同様に国際社会の理解と信頼を得られれば核燃料サイクルが行うことができる道は開かれている。しかし日本の行ってきた努力は数十年の実績の積み重ねであり、決して容易ではない。
エルバラダイIAEA事務局長の核燃料サイクルの多国間管理構想や、ブッシュ大統領の燃料供給保証について、私見を述べる。原子力大綱には、これらの構想等について、「・・・それが国際的な核不拡散体制の強化と原子力の平和利用の推進にいかに資するかを見極めつつ、その議論に積極的に参画していくべき・・・」との記載がある。これらの構想は、確かに原子力発電を導入・拡大しようとする開発途上国や小規模の原子力計画を持つ国などへの機微技術の拡散を防止しつつ原子力平和利用を促進するという意味において重要な取組みと認識している。
しかし、イランや北朝鮮の核開発疑惑などを考えると、当該国は核燃料の安定供給より核燃料サイクル技術の取得が目的であり、このような体制を構築しても当該国への圧力にはなるがウラン濃縮等を断念させるまでには至らず、問題解決にはならないと考える。また、ウラン濃縮・再処理施設の新規建設のモラトリアムは、国際的な核不拡散規範を誠実に遵守している国の原子力平和利用の権利に不必要な制約を設ける懸念がある。過去においても国際核燃料サイクル評価(INFCE)等の核燃料サービスの供給保証が検討されたが実現に至っておらず、簡単な問題ではないと思う。

GNEPは、1977年のカーター政権以降の原子力政策を転換し、再処理や高速炉利用を含む核燃料サイクル政策に復帰したという意味において歓迎すべきものであり、また核拡散抵抗性の高い先進リサイクルや小型原子炉の開発により核不拡散を維持・強化しつつ、先進国のみならず開発途上国も含めた世界のエネルギー需要を担っていくという素晴らしい構想と思う。さらに、GNEPでは使用済燃料のリサイクルと高速炉により、高レベル放射性廃棄物の大幅削減と毒性の早期低減の可能性があり、廃棄物処分対策の早期確立には大変重要であると考える。プルトニウムやマイナーアクチニドなどの長寿命核種を燃焼させるという点においては、日本の技術開発と共通する部分も多く、日本の核燃料サイクル技術や保障措置の分野で協力・貢献できるものと期待している。GNEPは長期的な構想なので、米国においてこの政策が長期的に維持されることを期待している。
しかし、GNEPには幾つかの配慮すべき点がある。第一は、原子力平和利用の権利の平等性の問題である。NPTは世界の国を核兵器国と非核兵器国に区分・固定化した不平等条約であるが、条約に従い核不拡散の義務が遵守される限り核兵器国か否かを問わず原子力の平和利用はすべての締約国の奪い得ない権利である。しかし、GNEPは「核燃料サイクル国」と、「単なる原子力発電国」に二分化する構想であり、この新たな差別化がNPTの規定する原子力平和利用の権利と平等性との関連で国際社会に受け入れられるか否か懸念される。核不拡散システムの強化に何らかの差別化の導入は必要だが、それを恒久的に固定するのではなく、NPTを基本としつつ時間や状況の変化とともに進化する柔軟なシステムが重要であり、客観的に公平な基準により「単なる原子力発電国」から「核燃料サイクル国」になれる可能性を残したシステムを構築するほうが望ましい。この際には、非核兵器国として核燃料サイクルを行う日本が、非核兵器国のベストプラクティスとして活用されるべきである。また核兵器国の民生施設にも保障措置を適用する平等性の確保が望ましいと考える。
第二は、保障措置におけるプルトニウム同位体区分の導入の提案である。ウランについては拡散リスクを濃縮度で評価してこれを区分し、当該区分に基づいた保障措置が適用されているが、プルトニウムについては同位体組成の区分が無く、保障措置上同じ取扱いが求められている。しかし、軽水炉起源のプルトニウムから核兵器製造の事例はなく、プルトニウムにも同位体区分を導入し、それに応じた保障措置対応が行われることが重要と考える。また、プルトニウムはウランとの混合酸化物の形状あるいは超ウラン元素との混合により更に核拡散抵抗性は高まるので、適正な評価が必要と考える。
第三は、高レベル放射性廃棄物の最終処分に係る廃棄物削減技術開発の責任と廃棄物最終処分の責任の問題で、両者は明確に区分されるべきと考える。前者は、高度な技術が必要であり、「核燃料サイクル国」が協力して先進リサイクル技術を確立させ、その成果は国際社会で平等に活用されるべきである。しかし、後者はバーゼル条約において廃棄物輸出が禁止されていることを考慮すればその責任は原子力利用の恩恵を受けた国が負うべきである。ただし、「核燃料サイクル国」の技術開発により環境負荷を低減させ、発生国における最終処分が受入れ易いものとなることを期待している。
2005年7月に米国とインドは民生原子力分野での協力に基本合意し、2006年3月にはインドの原子力施設の軍事用と民生用との分離について合意した。エネルギー需要の増加が著しい一方で、思うように原子力発電を行うことができないインドの状況に鑑みれば、当該協力は世界の化石燃料需要の緩和や地球温暖化問題への貢献という意味において大変重要である。また30年以上もNPTに反対しているインドのNPT加盟はもはや非現実的で、むしろ実質的にでもインドを核不拡散体制に取り込む意味は大変重要だと思われる。更にインドが核不拡散体制の一部に少なからず組み込まれることで核不拡散の規範が高まることも期待される。
しかし、当該協力には幾つか問題点がある。第一は、核兵器保有を断念することにより原子力平和利用の恩恵を享受できるとするNPTの基本原則との関係である。NPT枠外で核兵器を保有しているインドとの協力は、NPTの基本原則を覆すものであり、NPT体制への影響が懸念される。核兵器を保有していてもインドには原子力協力や核燃料サイクルを認める一方で、イランや北朝鮮には認めないというのはダブルスタンダードとして非難されかねず、ダブルスタンダードと言われない客観的な理由や基準が必要と考える。また、米印協力においてもNPT同様、何らかの形で将来的な核軍縮や核廃絶に向けた取組みが盛り込まれる必要があるのではないか。
第二はインドの信頼性の問題で、インドは平和目的で米国から供給された重水素やカナダ産の原子炉を核爆発実験に利用した経緯があり、そのような国をどこまで信頼できるのかが問題である。
第三は、保障措置の問題である。3月の米印合意では、インドは運転中もしくは建設中の原子炉22基のうち14基を民生用施設として分離し2014年までにIAEA保障措置下に置くこと、将来すべての民生用原子炉を保障措置下に置くとしているが、完全な軍民分離ができるのか、また分離しても民生用に提供される核燃料や原子力技術が軍事転用されないことを担保するのが重要であり、そのための適切な保障措置が行われるのか疑問である。
第四は、保障措置対象の施設の問題である。3月の合意では高速炉、再処理、濃縮などの施設は保障措置の対象外となっており、これでは他国から供給される燃料を民生用に利用する一方で、自国の資源を核兵器製造に利用することができ、結果としてインドの核兵器生産を助長することになるのではないか、と懸念される。核燃料サイクル施設全体への保障措置適用、兵器用核分裂性物質の生産禁止などの措置が必要である。
いずれにしても、米国内で様々な議論があり、また国際的には原子力供給グループでインドをどう取り扱うのか検討されており、各国の動向や状況を見守る必要があると考えている。