特別講演「核不拡散:変わりゆく状況への対応」
モハメド・エルバラダイ 国際原子力機関(IAEA) 事務局長
(代読:オリ・ハイノネン IAEA事務局次長)

今日、核不拡散体制はその多くの脆弱性が露呈し、広範囲に渡る課題に直面、試練にさらされている。1970年の核兵器不拡散条約(NPT)発効から30年以上を経て、核不拡散を巡る国際情勢は社会的、政治的、技術的に変化しており、特に冷戦の終結以降、原子力技術やノウハウの普及拡大、過激派等による核兵器を入手しようとする試み、原子力の地下ネットワークの存在等の核拡散の動きが見られた。また一方で原子力利用への新たな興味と原子力利用の拡大への期待は高まっている。このような状況の中で、核拡散のリスクを最小限に抑える強固な核不拡散体制を構築していくことが重要である。本日は、この核不拡散体制の強化のための提案について述べる。
一つ目は、機微技術へのアクセスとその適切な利用の管理である。NPT体制下では、濃縮や再処理技術の保有は違法ではないが、当該技術を有した国がNPTからの脱退を決めた場合、比較的短時間で核兵器を製造できると考えられる。当該状況に鑑み、IAEA等は濃縮や再処理事業等の運転を多国間管理の下に置く構想を模索しており、当該構想は、以下の4つのステップを経て進めることができると考えている。
第1ステップ: | 善良な (bona fide) の原子力平和利用国に原子炉技術と核燃料の「供給保証」を提供するメカニズムの構築 |
第2ステップ: | ウラン濃縮とプルトニウム再処理技術を保有しない国につき、新規のウラン濃縮とプルトニウム再処理施設導入の一時停止(例:5年もしくは10年)の要求 |
第3ステップ: | 燃料サイクルのバック・エンド(すなわち使用済燃料再処理と廃棄物処分)の多国間管理のための枠組みの設立 |
第4ステップ: | 燃料サイクルのフロント・エンド(すなわち濃縮と燃料製造)を管理するための上記第3ステップ同様の枠組みの設立 |
関係各国政府及び産業界は、上記第1ステップの「供給保証」を促進するためのイニシアティブを検討してきており、9月のIAEA総会では、このロードマップの構築に焦点を当てた特別のイベントの開催を予定している。
二つ目は、核物質防護の実効性の確保である。核物質防護に関しては、ロシアや旧ソ連邦の新興独立国において数々のプロジェクトが進行しており、昨年は国連総会で「核によるテロリズム行為等の防止に関する国際条約」が採択された。またIAEAが条約寄託者となっている「核物質防護条約」に関しては、昨年、原子力施設及び核物質の防護をより良いものにするための改正が合意され、また多くの国の研究炉における高濃縮ウラン燃料を、低濃縮ウラン燃料に交換するための方策が講じられている。核物質防護強化に関しては、上記のような進展はあるものの、今後、まだやるべきことは多い。
三つ目は、IAEA検認の最適化、つまりIAEAの査察官がアクセスできる情報及び場所の拡大であり、保障措置協定の「追加議定書」により、IAEAによる申告活動へのアクセスのみならず未申告活動への(有無確認あるいは検知のための)アクセスも可能となる。しかし、1997年のモデル追加議定書の採択から9年を経た現在、追加議定書は70カ国でしか発効しておらず、IAEAによる査察の権利が国によって異なる限り、IAEAの検認は「効果的」とはみなされない。核不拡散体制が確固たるものと認められるためには、追加議定書の普遍化が必要であり、日本政府の積極的なイニシアティブに感謝している。
また、追加議定書に基づくアクセスでも十分でない場合は、追加的な「透明性方策」が必要となる。過去にIAEA理事会は、20年間原子力プログラムの一部を秘匿してきたイランに対して、その原子力プログラムが平和利用を担保するものか否かの確証のために追加的な透明性方策を求めた。
一方、近年、統合保障措置の実行に関しては進展がみられる。包括的保障措置協定と追加議定書の両方が発効している国(2005年現在、24カ国)のうち、未申告の核物質や原子力活動はなく、9カ国で統合保障措置が実施されており、この事実は歓迎すべきものである。特に、大規模な核燃料サイクル施設を有する日本において統合保障措置が実施されていることは非常に重要である。
効果的な検認には、検認技術とその技術を使用する技術者が鍵となる。後者については査察官の平均年齢は上がっており人材の確保も容易ではない。また追加議定書の下で査察官は保障措置関連システムや機器に精通していることが必要であり、相応のトレーニングも必要となる。
一方、検認技術に関しては、技術は常に進歩しており、限られた予算内での検認を最適化するため常に最新の技術を考慮する必要がある。また環境試料分析等の先進技術は、秘密裡の原子力プログラムを明らかにする上で重要な役割を果たしている。
更に、新規の原子力施設の建設においては当該施設が革新的保障措置アプローチを採用していること、つまり先進的原子力施設の設計は、核拡散抵抗性の向上と効果的保障措置を視野に入れることが必要である。

IAEAによる査察に原子力平和利用の検認を委任することにより、国際社会は、原子力利用の透明性向上に向けて重要な方策を講じており、それにより、国際平和と安全に対する強固な支援を表明している。IAEAはこのことを真摯に受け止める責任があり、我々IAEAは、その努力の実効性が保証されるようあらゆる手段を講じなければならない。一方で、各国は、世界的な核不拡散体制の実効性を確保するため、保障措置コミットメントの遵守、問題解決のための時宜を得た責任ある行動、またIAEAの業務遂行に必要な資源の提供により、その政治的意思を実証できるものである。