2_2_5 物質移動特性の評価技術 -花崗岩中の物質移動-
達成目標

日本の結晶質岩は,海外の結晶質岩と比べて割れ目の密度が高く,割れ目の透水性のばらつきが大きい特徴があります。このような岩盤の特徴を踏まえて物質移動現象をモデル化するためには,花崗岩中での物質移動現象を理解するとともに,地下水中の元素の挙動に関連する影響因子(コロイド・有機物・微生物)を調査・評価する必要があります。ここでは,岩盤および地下水における物質移動とその遅延効果などの物質移動特性を理解し,それに関する技術的知見を整備することを目標とします。

方法・ノウハウ

原位置トレーサー試験

岩盤の物質移動特性を直接的に測定する手法として,坑道に掘削したボーリング孔を利用した物質移動試験(原位置トレーサー試験)が行われてきました。原位置トレーサー試験は主に海外でその適用実績がありますが,日本においては,湧水量が多く割れ目頻度が高い地質環境を考慮した試験装置の設計が必要となります(図1)。

原位置トレーサー試験には,単孔トレーサー試験と孔間トレーサー試験の2種類の試験方法があります。

単孔トレーサー試験は,トレーサーの注入から回収まですべての試験工程を1本のボーリング孔で行うため,比較的簡便に試験を行うことができるのが特徴です。多深度,多地点の試験に向いており,複数の試験で得られた物質移動特性を相対的に評価することも可能と考えられます。

孔間トレーサー試験は,トレーサーの投入と回収を別々のボーリング孔で行うため,単孔トレーサー試験に比べて試験の対象範囲や境界条件が明確であり,試験で得られる物性値の精度も高いと考えられます。また,単孔トレーサー試験と異なり,割れ目幅,分散長のそれぞれを独立して推定することができるのが特徴です。

精密調査段階の坑道内での調査においては,坑道内の多数の地点や割れ目を対象とした試験では単孔トレーサー試験を行い,代表的な地点,割れ目に絞って孔間トレーサー試験を行うなど,使い分けが必要であると考えられます。

トレーサー試験に係わる室内試験

原位置トレーサー試験では制御することが難しい試験条件や,原位置試験の結果から抽出された課題を解決するための室内試験を実施します。具体的には,分配係数の取りうる範囲や条件依存性の確認,個別の鉱物に対する収着・脱着挙動の確認などが挙げられます。

ミクロスケールでの物質移動現象の理解

花崗岩中のマトリクス拡散は,変質部だけでなく健岩部でも生じており,ダメージゾーンでは二次鉱物が空隙を閉塞して生じにくくなっている可能性があります。岩石ブロックや薄片試料を用いた室内試験と顕微鏡観察によって,微小領域における物質移動現象を評価できます。

天然トレーサーを用いた花崗岩中の長期にわたる物質移動現象の理解

ウラン系列,トリウム系列の天然核種を測定することで,割れ目に沿った物質移動の評価や地下水のマトリクス拡散深さを確認することができます。

この図は,孔間トレーサ試験装置を概念的にを示したもの。孔間トレーサー試験は,トレーサーの投入と回収を別々のボーリング孔で行う。そのため,単孔トレーサー試験に比べて試験の対象範囲や境界条件が明確で,試験で得られる物性値の精度も高い。また,単孔トレーサー試験と異なり,割れ目幅,分散長のそれぞれを独立して推定することができるのが特徴。
図1 原位置トレーサー試験の全体構成(電力中央研究所との共同研究1)による例)
瑞浪超深地層研究所における実施例

①原位置トレーサー試験と室内試験

瑞浪超深地層研究所では,前述の方法・ノウハウに示した手法を適用し,深度300mと500mの坑道から掘削したボーリング孔を用いた原位置トレーサー試験と,その補足のための室内試験を実施し,物質移動に関するパラメータ値を取得しました3)。なお,本試験は,主に外部機関(電力中央研究所)との共同研究において実施しました。

②ミクロスケールでの物質移動現象の理解

微視的空隙のマトリクス拡散への寄与を検討するため,前述の方法・ノウハウで示した手法を適用し,深度500mで採取されたマトリクス部を含む岩石試料の薄片やブロック試料を用いて,顕微鏡観察やトレーサー拡散試験を実施しました4)

この図は,微視的空隙のマトリクス拡散への寄与を検討するため,深度500mで採取されたマトリクス部を含む岩石試料の薄片やブロック試料を用いて,顕微鏡観察やトレーサー拡散試験を実施した結果を示したもの。微視的空隙が斜長石に内部に集中していることを示す。
図2 鉱物毎の微視的空隙の観察結果
Aは石英,Bは斜長石の偏光顕微鏡写真に同じ部分の蛍光画像を重ね合わせた
この図は,トレーサ拡散試験の結果として,ウラニンの実効拡散係数(縦軸)とマイクロクラックの面密度(横軸)の関係を示したグラフ。拡散係数が空隙率(マイクロクラックの面密度)と高い相関を示す。
図3 ウラニンの実効拡散係数とマイクロクラックの面密度の関係2)

③天然トレーサーを用いた花崗岩中の長期にわたる物質移動現象の理解

瑞浪超深地層研究所の用地内で掘削された深層ボーリング孔(MIZ-1号孔)における透水性割れ目と低透水性割れ目に該当する箇所のボーリングコアを用いてウラン系列核種,トリウム系列核種の濃度を分析しました8)。その結果,いずれの核種も充填鉱物ではマトリクス部に比較して高い濃度を示したものの,放射能比(234U/238Uおよび230Th/238U)は1(放射平衡)に近い値を示しました。このことは,土岐花崗岩中においては過去100万年程度の間,割れ目に沿った核種の移動が生じていないことを示していると考えられます。

参考文献
  1. 一般財団法人電力中央研究所 (2016): 地層処分技術調査等事業(岩盤中地下水移行評価確証技術開発)-岩盤中物質移行特性評価技術の確証-成果報告書.
  2. 松岡稔幸,濱克宏 (2020): 超深地層研究所計画における調査研究-必須の課題に関する研究成果報告書-,JAEA-Research 2019-012,157p.
  3. 一般財団法人電力中央研究所 (2018): 平成25年度~平成29年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(岩盤中地下水移行評価確証技術開発)-岩盤中物質移行特性評価技術の確証-成果報告書.
  4. 岩崎理代,濱克宏,森川佳太,細谷真一 (2017): 物質移動に関わるパラメータ値の取得,JAEA-Technology 2016-037,62p.
  5. 石橋正祐紀,笹尾英嗣,濱克宏 (2016): 深部結晶質岩マトリクス部における微小移行経路と元素拡散現象の特徴,原子力バックエンド研究,Vol. 23,pp.121-130.
  6. 藤本光一郎 (1994): 鉱物粒界での水/岩石反応から見た深部地熱系, 地質ニュース 447,pp.21-25.
  7. 吉田英一,西本昌司,長秋雄,山本鋼志,勝田長貴 (2008): 地下花崗岩体の変質とその形態 -産総研岡山応力測定用深部花崗岩コア試料の変質を例に-, 応用地質,49巻,5号,pp.256-265.
  8. 濱克宏 (2016): ウラン系列・トリウム系列核種を利用した土岐花崗岩中における物質移動評価-既存データの収集・整理-,JAEA-Data/Code 2016-006,23p.

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