1_12_7 地球化学特性の調査技術
達成目標

ボーリング孔を利用して深部地下水の地球化学調査を行う場合,品質の高い水質データを取得するため,圧力解放による溶存ガスの脱ガスや大気による酸化などの影響を最小限にすることが必要です。採水を実施するボーリング調査は,掘削,パッカーの設置,掘削水の排除,採水の手順で作業が進められます。これらの採水方法や経験に基づく留意点などの技術的知見を整備することを目標としました1)

現在の地球化学特性の調査では地下水試料を採水し,測定・分析により得られた物理化学パラメータ・化学成分・同位体のデータから地下水の起源,地下水の年代,地下水の流動経路,鉱物組成,水ー岩石反応,地下水の混合の情報を得て地球化学概念モデルを構築している。また,地球化学概念モデルの妥当性の評価では不確実性低減手法を検討し,必要に応じて追加調査を行い,モデルを修正し,不確実性を低減し,地球化学概念モデルを構築する。地球化学概念モデルの構築では,現在~将来の3次元的な地球化学特性の不確実性を提示する。この作業で確認すべき要件は地層処分の時間スケールで,地下水のpH, Eh, 塩分濃度が好ましい化学的条件の範囲内に収まることである。
図1 地球化学概念モデルの構築
方法・ノウハウ

採水方法

①裸孔でのベーラーによる採水:

調査地域内の既存の浅層井戸では,表層水,浅層地下水を井戸から採取するためにベーラーを利用します。

②パッカー式地下水サンプラー(バッチボトル式採水):

深層ボーリング孔においては,複数の帯水層もしくは湧水割れ目から採水する深度を選定し,他の帯水層・湧水割れ目の地下水が混入しないように,パッカーを採水区間の上下にセットし採水区間を隔離する採水方法が用いられます(図2-①)。なお,パッカーを用いる採水様式は次のMPシステム,揚水試験に伴う採水においても共通しています。ローカルスケール領域での地下水調査では,採水のために深度1,000m対応地下水の地球化学調査機器2-5)を製作しました。この技術では,揚水による掘削水の排除,原位置でのボトル式採水,物理化学パラメータの測定などが可能です。

③MPシステム:

複数の帯水層もしくは湧水割れ目を複数のパッカーにより隔離し,それぞれの区間毎に掘削水の除去,原位置でのボトル式採水ができる方法です(図2-②)6)

④揚水試験に伴う採水:

水理試験の一種である揚水試験の実施に伴い地上に揚水される地下水を採取するものです(図2-③)7-9)。原位置でのボトル式採水とは異なり,地上部での採水となるため減圧により溶存ガスが脱ガスするなどの問題がある反面,水中ポンプにより迅速に掘削水を除去できる利点があります。

1~3の採水方法の概念図。詳細は本文を参照のこと。
図2 ボーリング孔を対象とした採水方法
採水方法の選択

長期モニタリングを行う計画がないボーリング孔での採水では,パッカー式地下水サンプラーもしくは水理(揚水)試験に伴う採水を行い,調査後にボーリング孔を埋め戻します。地質環境調査では,通常,岩盤の透水性を把握するための水理試験が行われるため,揚水試験に伴う採水は,パッカー式地下水サンプラーを挿入する方法に比べ,調査費,工程を短縮することができます。この場合,原位置でのpHや酸化還元電位の測定データは得られないため,地上でフローセルを用いた測定による参考値の取得と化学成分濃度から理論的に計算されるpH,酸化還元電位による妥当性確認を行うことになります10-13)

事業予算額に依存しますが,調査費,工程を効率化するためには,ローカルスケール領域において揚水試験に伴う採水を行い,サイトスケール領域において,原位置でのpHや酸化還元電位の測定が可能な地球化学調査機器を使い,最終的に地下水の地球化学特性を確認することが考えられます。

また,サイトスケール領域においては,地下施設建設時の周辺環境影響の把握や水圧応答に基づいて地下施設に連続する水理地質構造を推測するためMPシステムなどのモニタリング装置を設置して採水を行うことが想定されます。ただし,地下施設閉鎖後にモニタリング装置を撤去できなくなる可能性があり,その撤去方法の開発が課題として残されています。

採水に関わる品質管理

「採水方法」に示した装置を用いた地下水の採水時には,ボーリング孔掘削時の掘削水による汚染程度が小さい地下水を採取するため,掘削水に添加したトレーサーの濃度が元の濃度の0~数%程度まで十分に低下した地下水を採水します(図3)。トレーサーとして蛍光染料を使用する場合は,

を検討して決定します14)。東濃地域では,ウラニン(Uranine),エオシン(Eosin),ナフチオン酸ナトリウム(Sodium-naphthionate),アミノG酸(Amino G. acid)を使用した実績があり,いずれもボーリング孔掘削時の濃度変動を+/-10%の範囲内で一定に管理しています。工程などの都合でトレーサーを排水しきれなかった場合は,図4のようにトレーサー濃度と排水途中の化学成分濃度の相関に基づいて,トレーサーが抜けきった時点の化学成分濃度を外挿して求めることができます。ただし,濃度の低い成分(Al(アルミニウム)イオン,Fe(鉄)イオンなど)や掘削水中の浮遊鉱物との反応により濃度が変化しやすい成分(Si(ケイ素),HCO3(重炭酸)イオンなど)については,排水途中の化学成分濃度がばらつくことが多く,外挿によって濃度を推定することが困難です。

1. 掘削時は,採取したい地下水に掘削水が混入する。掘削水に蛍光染料を加えることで,汚染源となる掘削水にマーキングしておく。2. パッカーを設置して,他の区間との地下水の混合経路を遮断する。3. 予備排水を行い,採水したい帯水層から掘削水を除去する。蛍光染料の濃度を測定して排除度合いを評価する。4. 地下水を採水する。
図3 掘削水の排除
横軸に蛍光染料濃度,縦軸に測定対象とする溶存イオン濃度をとったグラフ。例としてナトリウムイオンと塩化物イオンのグラフが図示されている。蛍光染料濃度が高いと溶存イオン濃度が低くなっており,このプロットから作られた近似曲線を使うことで,掘削水が除去しきれていなくても,元の地下水の濃度が推測できる。
図4 トレーサーの濃度変化を用いた化学成分の濃度補正

比較的長く排水したにもかかわらず掘削水が除去できない地点は,ボーリング孔の掘削終了から排水開始までに時間がかかっていることが多く,掘削により汚染された水が岩盤中に拡散し,排水時に回収しきれなくなったと考えられます(図5)。加えて,トレーサーが十分に抜けなかった理由には,総排水量が少ない,採水区間長が長い,揚水速度が遅い,揚水時間が短いといった点も挙げられます。採水調査時は,余裕のある工程,短い採水区間の設定,高い能力のポンプを使用し,速やかな採水作業への移行が必要です。

横軸に日数,縦軸に掘削水による汚染率をとった2つのグラフ。左側は予備排水の日数,右側は掘削終了から予備排水までに経過した日数。数日かけて予備排水を行ったにもかかわらず汚染率が高い地下水は,掘削してから予備排水をするまでに50日~100日以上が経過している。
図5 掘削水が除去できない例(ボーリング孔掘削終了から排水開始までに時間がかかったことによる)

なお,採水時の品質管理に関わる項目には表1のような項目が挙げられます。

表1 採水時の品質管理項目
品質項目 整理方法

品質に与える影響

(1) 掘削水の汚染率 トレーサー濃度から算出される汚染率
  • 掘削水と地下水に差がある化学成分濃度,同位体
(2) 採水区間長 パッカー区間長
  • 採水区間内の異なる地下水の混合
(3) 陽イオンと陰イオンの当量関係 (陽イオン-陰イオン)/総イオン当量
  • 分析精度
(4) 採水から分析までの時間 採水から分析までにかかった時間
  • 脱ガスや大気による変化(溶存ガス,硫化物イオン,無機炭素など)
  • 酸化による沈殿や化学種の変化(鉄(Ⅱ),鉄(Ⅲ),硫化物,硫酸イオンなど)
(5) 試料の保存方法 水圧保持容器か否か
(6) 採水場所 原位置または地上
(7) 物理化学パラメータの測定 測定場所(原位置,地上の閉鎖型電極 or 開放型電極),孔壁の状況
  • 脱ガス,沈殿物生成によるpH,Ehの変動
東濃地域における実施例

東濃地域ではボーリング調査により地下水の採水・分析が行われてきています(1_5_6, 1_10_4)。これらの採水調査において方法・ノウハウに示した採水方法と一連の品質管理手法を適用した結果,データの品質を確認しつつ採水が可能であったことから,構築した一連の手法が有効であることを確認しました。これらの調査の経験に基づいて,以下のような点が留意事項・課題があげられます。

参考文献
  1. 太田久仁雄,佐藤稔紀,竹内真司,岩月輝希,天野健治,三枝博光,松岡稔幸,尾上博則 (2005): 東濃地域における地上からの地質環境の調査・評価技術,核燃料サイクル開発機構,JNC TN7400 2005-023,373p.
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  3. 中嶋幸房,酒井幸雄,笹尾昌靖 (1999): 1,000m対応地下水の地球化学特性調査機器(高温環境型)の製作,核燃料サイクル開発機構,JNC TJ7440 99-002,244p.
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