1_11_7 坑道掘削に伴う化学環境の変化の予測
達成目標

坑道掘削に伴う地球化学環境の変化には,坑道への地下水の引き込みにより生じる異なる水質の地下水の混合や,水圧低下に伴う溶存ガスの脱ガスおよびpH,酸化還元電位の変化,セメント材料など人工材料の溶出による水質変化などが挙げられます。

このため,坑道掘削前の初期状態の地球化学モデルに基づいて,坑道掘削時の化学環境の変化を予測し,坑道掘削時に確認すべき項目の抽出や坑道掘削に関わる様々なリスクを洗い出すことを目標とします。また,予測に用いられた情報や手法は,坑道掘削時に得られる情報で確認,更新するとともに,その妥当性を確認します。

施設の維持・管理では次のような地球化学環境への影響が考えられる。1.溶存ガスの排ガスが出る,2.表層水系への地下水の排水により,地下水位の低下,酸化帯の進展,地盤沈下が起こる。溶存ガスの脱ガスにより不飽和帯が形成される。3.施工時には坑道周辺岩盤の力学強度や透水性が変化し,コンクリートの溶解による科学的干渉能力が変化しコロイドが生成される。4.維持管理時の表層水系への地下水の排水と施工時への透水性の変化により地下水流動が変化し,地下水水質も変化する。そのため,設計や環境管理においては排水量および水質,水位低下量,地盤沈下量,排ガスの組成・量といった情報が必要となる。また,安全評価においては施設閉鎖後の地下水流動と水質の長期変化,坑道周辺の力学・水理・科学特性(EDZ,不飽和帯など),物質移動特性(含コロイド/有機物,微生物)の情報が必要となる。
方法・ノウハウ

①水圧低下に伴う化学環境変化の予測:

水圧低下に付随する地下水流動の変化は地下水の混合状態を変化させ,水質を変化させる可能性があります。サイトスケール領域の地球化学モデルにおいて,異なる水質の地下水の混合により水質分布が形成されていることが明らかな場合は,特に相対的に高透水性の地質構造の周辺において坑道への地下水の引き込みなどが生じ,水質変化が起こることが想定されます。この解析には,多変量解析(主成分解析)手法が有効です1-3)。また,地層処分の安全評価において重要なパラメータであるpHや酸化還元電位の変化を予測するためには,水-鉱物反応による水質変化の影響を考慮した解析を行う必要があります。坑道掘削による化学環境の変化を予測するためには,これらの解析手法を組み合わせる必要があります。

なお,高透水性の地質構造周辺に分布する端成分地下水の混合割合を変化させることで水質の変動範囲を推測するためには,高透水性地質構造の空間的拡がりが推測され,地下水流動変化の予測解析が行われている必要があります。

水圧低下に付随する溶存ガスの脱ガス量については,初期状態の溶存ガス濃度と水圧低下量を基に理論的に求めることができます。また,溶存ガス中の炭酸ガス濃度の変化量に基づいてpHの変化量も推測することができます。

②セメント材料などによる化学環境変化の予測:

セメントと接した水のアルカリ化に関わる研究事例は多く,熱力学計算コードを用いることで,この反応により生成される地下水の水質を予測することができます。

東濃地域における実施例

研究所用地の地質・地質構造,地下水の地球化学特性をまとめた地球化学モデル(1_11_34)に基づいて,立坑掘削による周辺の地球化学的影響の予測を行いました。その結果,以下のような知見が得られました。

水圧低下に起因する溶存ガスの脱ガスに伴う化学環境の変化

セメント材料による化学環境の変化

岩盤をメッシュ化した方法が掲載されている。地表近くと立坑近くではメッシュサイズが小さく,それらから離れるにしたがってメッシュサイズが粗くなる。解析領域は,深度方向に1000m,水平方向に1600m。
図1 解析に用いたモデル1)
縦軸に深度0~200m,横軸に水圧をとったグラフ。立坑掘削の開始直後と1年後における水圧の,予測解析値と実測値がプロットされている。
図2 MSB-2号孔における水圧変化の解析結果(赤)と実測値(青)1)
縦軸に深度0~1000m,横軸に立坑からの距離0~100mをとった6つのグラフ。上の3つが空気の侵入距離を,下の3つが地下水流動を表す矢印が描写されている。左から順に,立坑の掘削開始の2年後,6年後,10年後の解析結果が示されている。掘削開始から時間が経過すると,空気の侵入はより遠くまで,地下水の立坑への流入はより深くまで及ぶと予測される。
図3 立坑周辺の空気・地下水流動の変化に関する解析結果1)
グラフの左端が立坑の位置を示す
縦軸に深度0~1000m,横軸に立坑からの距離0~100mをとった6組12枚のグラフ。水圧,pH,飽和度,酸化還元電位,メタンガス溶存量,重炭酸濃度の解析結果が掲載されており,立坑掘削前と掘削して10年後の値が色で表現されている。
図4 立坑掘削前(左)と掘削して10年後(右)の地球化学環境の解析結果1)
グラフの左端が立坑の位置を示す
参考文献
  1. 戸高法文,阿島秀司,中西繁隆,手塚 茂雄 (2005): 超深地層研究所周辺の地下水水質変化に関する多変量解析,核燃料サイクル開発機構,JNC TJ7400 2005-001,216p.
  2. 阿島秀司,戸高法文,岩月輝希,古江良治 (2006): 多変量解析による瑞浪超深地層研究所周辺の地下水化学モデルの構築,応用地質,47巻,pp.120-130.
  3. Laaksoharju, M., Skarman, C. and Skarman, E. (1999): Multivariate mixing and mass balance (M3) calculations, a new tool for decoding hydrogeochemical information, Applied Geochemistry, Vol.14, pp.861-871.
  4. Iwatsuki, T., Furue, R., Mie, H., Ioka, S. and Mizuno, T. (2005): Hydrochemical baseline condition of groundwater at the Mizunami underground research laboratory (MIU), Applied Geochemistry, Volume 20, Issue 12, pp.2283-2302.
  5. 岩月輝希,林田一貴,加藤利弘,宗本隆志,久保田満 (2015):花崗岩の酸化還元緩衝能力は大規模地下施設の建設・操業に耐えられるか?,日本地球化学会年会,2015年度日本地球化学会第62回年会講演要旨集,3D12.
  6. 笹本広,油井三和,高瀬博康 (2012): 亀裂性媒体におけるセメント系グラウト材料による地下水・岩盤への影響評価手法の開発,日本原子力学会和文論文誌,11巻,3号,pp.233-246.

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