核不拡散ニュース No.0141 2010.05.19
<米印間の再処理の取極、手続きの締結の合意について>
【概要】
2010年3月29日、米印両国は、米印原子力協力協定の下での再処理の取極、手続き(以下、「実施取極」という。)の交渉の終了を発表した。
本実施取極は、米印原子力協力協定の中で米国がインドに対して、再処理に関する包括的事前同意を与えるに際し、条件の一つとされていたものである。(もう一つの条件は、インドによる保障措置対象の核物質専用の新たな再処理施設の建設)
米印間の原子力協力の実現、特に米国企業によるインドでの原子炉建設にあたっては、(1) 再処理に関する実施取極の締結、(2) 原子力損害賠償責任に関するインドの国内法の制定、(3) 原子力技術の輸出に際してのインドによる核不拡散のコミットメントという3つの課題があるが、(1)については、本合意により実現に向けての大きな一歩を踏み出したと言える。
【経緯】
インドは核兵器不拡散条約(NPT)に非加盟の事実上の核兵器国であり、特に1992年以降、原子力供給国グループ(NSG)ガイドラインの規定により、原子力資機材の供給を受けることを制限されてきた(米国からの原子力資機材の供与は1980年以降、停止)。
2005年7月18日の米印原子力協力の合意は、インドによる核不拡散、核軍縮に関するコミットメントと引き換えに、インドに対する国際原子力取引の制限を解消し、両国間の原子力協力を再開することを表明したもの。
以下のようなプロセスを経て、米印原子力協力協定が発効に至った。
米印原子力協力協定第6条(iii)では、米国とインドは相互に協定対象核物質の再処理に関する同意を与えているが、インドが再処理の権利を行使するためには、インドが、IAEAの保障措置下に置かれ、保障措置の適用対象の核物質専用の新たな再処理施設を建設すること、両国が、インドが新たな施設で再処理その他の形状・内容の変更を実施する取極、手続きについて合意することが必要とされている(ここで言う再処理その他の形状・内容の変更に関する取極、手続きは、米国原子力法第131条の「実施取極(subsequent arrangement)」に該当することから、ここでは、「実施取極」という。)。
インドは、米国企業に原子炉建設を発注するにあたって米国との間で再処理に関する実施取極が締結されることが必要との立場をとったことから本取極の締結が、米国からインドに対する原子炉の供給にあたって、米国が満たすべき要件の1つとなった。
インドの要請に基づき、2009年7月21日に本実施取極の交渉が開始された。
【実施取極の内容】
実施取極の実質的な条項は、インドが建設する新たな再処理施設に適用される保障措置と核物質防護措置である。
保障措置
一般的に個別の施設に適用される保障措置の詳細は、IAEAと当該国との間の保障措置協定の施設付属書(FA)において規定されるものであるが、本実施取極の中で、インドの再処理施設に適用される保障措置の原則を規定することによって、IAEAとの間で将来、実施するFAの交渉において、インドがその原則を満たす保障措置を受け入れることを確保しようとする狙いがある。具体的な手段としては、以下が規定されている。
IAEAに対する設計情報の早期提供、IAEAによる設計情報検認活動への協力、保障措置を促進する特徴の施設設計への取入れ
IAEA機器の設置、運用に対する再処理施設の運転機関及びインドの保障措置実施機関の協力、正確かつタイムリーにデータを提供する能力を有する計量管理システムの維持、プロセス中の核物質の測定、IAEAに対するプロセス管理データの提供、オンサイトラボの設計への組入れ、封じ込め・監視システムの設計への取入れ
計量管理記録の検認、データの遠隔転送、データの認証(authentication)、IAEAに対するアクセスと透明性の確保、正確な在庫検認を行うための核物質のプロセスからのクリーンアウト(年1回)、異常を解決するためのIAEAとの協力
核物質防護
最低限、(i)核物質防護に関するIAEAのガイドラインであるINFCIRC225 Rev.4及び両締約国の合意がある場合にはその改定版、(ii)核物質防護条約及びその改正(改正については、両国に対し発効した場合のみ)と同等の措置を適用する旨を規定している。本規定の履行のためのアプローチに関し、両締約国は情報交換を実施することとされており、また、再処理施設の訪問を実施することとされている(最初の訪問は再処理施設の稼働後、6か月以内に実施、その後は5年に1度の頻度で実施)。
インドの再処理施設の数
米印原子力協力協定の締結時点では、インドが、米国起源の核物質の再処理用として新たに建設が想定されていた再処理施設は1つであったが、インドの要求により、本実施取極は2つの再処理施設をカバーするものとなっている。
実施取極の停止
以下の例外的な状況に限り、実施取極の停止が可能とされているが、具体的な要因は例示されていない。
【実施取極の解説、評価】
保障措置
将来、建設されるプルトニウム関連施設に適用される保障措置を、二国間原子力協力協定の枠組みで合意しておくことにより予見性を確保するという手法は日米原子力協力協定でもとられている。すなわち、協定締結時点で建設が想定されていた商業規模の再処理施設、プルトニウム燃料製造施設、「もんじゅ」、燃料サイクル安全工学研究施設(NUCEF)等に適用される保障措置コンセプトは、日米原子力協力協定の締結と同時に交換された口上書によって合意がなされており、保障措置コンセプトに則った保障措置が適用されることを条件に再処理や形状・内容の変更等に対する包括的事前同意が与えられるという仕組みが採用されている。
日米原子力協力協定の下での口上書において合意されている、商業規模の再処理施設に適用される保障措置コンセプトは、再処理施設のエリアごとに、適用される保障措置の手段や技術を詳細に規定しているのに対し、インドとの間で合意された実施取極は、設計情報のIAEAへの早期提供、計量管理システムの維持、記録の検認等、保障措置の一般的な原則を述べたものに過ぎず、保障措置手段の詳細が規定されているわけではない。従って、公開されている実施取極の条文を見る限り、日米間で合意された保障措置と較べると、予見性は十分に確保されているとは言えず、実際の保障措置の適用に関するインドとIAEAの協議に委ねられる部分が大きい。
核物質防護
再処理施設に適用される核物質防護措置に関しては、5年に1度、核物質防護措置の履行状況に関する意見交換を目的として行われる、米国による再処理施設の訪問を受け入れることにインドが合意した点が特筆される。これは、日米原子力協力協定の下で実施されている措置と同様であり、核物質防護に関しては、事実上の核兵器国であるインドに対して例外扱いはせず、非核兵器国と同様の扱いをするという米国の意思の表れであると捉えることができる。また、インドは、米印原子力協力協定の前文に示されているように、本協定によるインドの内政への干渉を最小限にとどめたいとの意向があると考えられるが、そうしたインドのこれまでの立場からすれば、核物質防護の履行状況のレビューのための米国施設団の再処理施設への訪問を認めたことは大きな譲歩であると考えられる。
再処理施設の数
米国の原子力メーカーに割り当てられることとされている2つの原子炉サイトにそれぞれ再処理施設を建設するインドの意図を反映したものとされ、米国として、再処理施設の数が増えることによる核拡散リスクよりも、原子炉サイトから再処理施設への使用済燃料の輸送に伴う核テロのリスクの方が大きいという認識の下に妥協に応じたものと考えられる。
実施取極の停止
日米原子力協力協定の下で締結された実施取極(再処理、核物質の管轄外移転等に対し包括的事前同意を付与)においても、実施取極を停止できる旨が規定されているが、日米間の実施取極では、NPTに対する重大な違反若しくはNPTからの脱退、IAEAとの保障措置協定、原子力協力協定及び実施取極に対する重大な違反が、実施取極を停止することができる例外的事由として記載されているのに対し、本実施取極においてはそうした事由の例は記載されていない。これはインドが特にIAEAとの保障措置協定の違反を本実施取極の停止の要因として規定することに対し、反対したことによるものとされている。
【今後の手続き】
本実施取極第10条によれば、本実施取極は、両締約国がそれぞれの国における発効要件が満たされた旨の外交文書の交換を行った日に発効するものとされている。2008年10月8日に発効した「米印原子力協力協定承認・不拡散強化法」(H.R.7081)第201条によれば、大統領が議会に対し、実施取極締結の理由等を述べた報告書を提出後30日経過した段階で米国側の発効要件が整うとされている(ただし、米国議会が上下両院による合同不承認決議を採択しないことが条件)。
(参考)
【解説:政策調査室 山村】