核不拡散ニュース No.0135 2010.01.19
<「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の報告書について>
2009年12月15日、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(InternationalCommission on Nuclear Non-proliferation and Disarmament)」が作成した報告書が、委員会の共同議長を務める川口元外相、エバンス元外相より鳩山総理大臣とラッド豪首相それぞれに提出された。同委員会は、ラッド豪首相による提案を受け設置されたもので、2008年10月から約1年間検討を行い、報告書がまとめられた。報告書では、2012年、2025年、2025年以降という3つのタイムフレームに分け、段階的なアプローチを通じ、核兵器の廃絶を達成するための具体的なアクションプランが提言されている。以下に報告書の提言部分の概要を記す。
【概要】
核軍縮の戦略
- 短期的なアクションプランとして、第1次戦略核兵器削減条約(STARTI)後継条約の早期締結、核兵器不拡散条約(NPT)を遵守している非核兵器国への消極的安全保証の供与、全核兵器保有国が核軍備を増強しないことへのコミットメントが必要
- 2025年までに達成すべき「最小化地点」と、2025年以降の「廃絶」の2段階のプロセスで進めるべきで、2025年までに実施すべきアクションとして、各国が保有する核弾頭の総数を2,000発以下にすることや核兵器の先制不使用のコミット メントなどを記載
核不拡散戦略
- ディマンドサイドアプローチ(核兵器の保有が当該国の利益にならないことを説得すること)とサプライサイドアプローチ(国家が核兵器を保有することを難しくする措置を維持、強化すること)の両アプローチが必要
NPT保障措置と検証
- 原子力輸出の際の追加議定書批准の条件化を通じた追加議定書の普遍化
- 追加議定書の更なる強化
- 加盟国とIAEA間の保障措置に関する情報共有の拡大
遵守と執行
- NPTからの脱退が国連憲章に基づく制裁の対象となることを国連安全保障理事会が明確にすることによる脱退抑止
- NPT加盟中に取得した核物質、設備、技術については、可能な限り原供給国に返還することをNPT運用検討会議で宣言
- 供給国は、受領国がNPTを脱退した後も、当該原子力資機材や派生核物質への保障措置適用を供給条件とすること
IAEAの強化
- IAEA予算の増加
- IAEAの組織文化に関する外部評価の導入
NPT外のメカニズム
- 原子力供給国グループ(NSG)によるNPT非加盟国との協力に関するクライテリアベーストアプローチの検討
- 拡散に対する安全保障構想(PSI)を国連の中の中立機関として再構成
NPT非加盟国に対する義務の拡大
- NPT非加盟国でありながら核兵器を保有するインド、パキスタン、イスラエルに対し、不拡散や軍縮の義務を適用し、それが満たされ且つ将来的なコミットメントが確保されれば、NPT加盟国同様に民生目的の核物質や原子力技術もNPT加盟国同様にアクセスできるようにすべき
- 上記のような国はNPT上の核兵器国と同じ条件で多国間の核軍縮交渉に参加すべき
核実験の禁止
- 包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期、無条件の署名並びに批准、発効に至るまでモラトリアムの継続
FMCT
- 非差別的で多国間による、国際的且つ効果的な検証が可能で、不可逆的な兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の早期締結に向けた交渉
- 全ての核兵器保有国はFMCTの発効まで、兵器用核分裂性物質の生産のモラトリアムを宣言、維持
- 段階的なアプローチとして、兵器として既に使用されているものを除き、不可逆的で検証可能な、非爆発目的での使用のコミットメントの対象とすべき
- 過渡的措置として、全ての核兵器保有国による核分裂性物質の在庫及び余剰分の申告、余剰分の核分裂性物質についてはIAEA保障措置の適用及び核兵器に使用できない形態への転換を早急に実施するよう要求
- 民生用研究プログラムにおける高濃縮ウランの利用を停止し、代替策の確立に応じ分離プルトニウムの利用の段階的廃止
核セキュリティ
- 核セキュリティに関する情報、ノウハウを集積、提供する場(クリアリングハウス)の確立
- 核鑑識の研究への支持
原子力平和利用の管理
- NPTの3本柱の1つとして、原子力平和利用を強く支持
- 核拡散抵抗性を原子力施設の設計、運転の不可欠な目標とし、制度的措置及び技術的措置を通じた核拡散抵抗性の向上を求める
- 高速炉の研究開発は、兵器級プルトニウムを生産しないような設計、運転を主目的とすべき
- 使用済燃料の回収などの国際的な取り組み
- 現状の再処理方法に代わる新たな使用済燃料処理の方法の開発と、その開発に応じたMOX利用や現状の再処理プラントのフェーズアウト
- 原子力産業界や産官協力が核拡散リスクの緩和に大きな役割を果たすべき
核燃料サイクルの多国間管理化
- 核燃料サイクルの多国間管理を強く支持
- 当面は、燃料供給保証の代わりに機微な核燃料サイクル施設の建設、運転を放棄する自発的な取り組みが支持されるべき
2010年NPT運用検討会議に向けた優先課題
- 軍縮の推進、保障措置の強化、IAEAの強化、中東非核化、核セキュリティ、平和利用
核兵器の削減
- START-I後の核軍縮条約が批准されたのち、2015年までに更なる核軍縮条約締結に向けた交渉を米露は開始すべき
- 全ての核兵器国が核兵器を増産しないことを可及的速やかに約束すべき
- 戦略的対話が全ての核兵器国間で実施されるべき
核ドクトリン
- 全ての核保有国による、核兵器の唯一の目的は自国並びに同盟国に対する核兵器使用の抑止という原則の受け入れ
- 2010年に公開される米国の核態勢見直し(Nuclear Posture Review)の報告書に、核兵器の唯一の目的を記載する
- 追加の非核兵器地帯条約の署名、批准
政治的意思の促進
- 核兵器国並びに非核兵器国の行動を専門家が評価するための「評価表」の発行
- 核不拡散及び核軍縮に関するグローバルセンタ−の設置
<シリアの核開発疑惑に対するIAEAの最近の調査状況について>
昨年11月のIAEA理事会では、シリアにおける「NPT保障措置協定の実施」に関する事務局長報告が行われた。その報告の中ではこれまでの報告(9月のIAEA理事会)からの大きな進展は無く、事務局からはシリアの協力又は他国からの情報提供が無ければその検証作業が進展しない見込みである旨が報告されている。
このような状況を受け、この1月には、次回のIAEA3月理事会ではシリアと北朝鮮の核拡散活動を議論(中:北朝鮮との関係については経緯参照)し、NPT運用検討会議や北朝鮮の六者会合においても本件を取り上げ、さらにシリアに対する特別査察を実施すべきである旨の米国シュルテ前在ウィーン国際機関代表部大使の論文が出されている。(Carnegie Policy Outlook)
このシュルテ大使の弁に代表されるように、IAEAとシリア間の協議が進展しない主な原因となっているシリアの対応に対して、一部の国でストレスが高まっていることから、次回のIAEA3月理事会における事務局の対応が注目される。
<背景・経緯>
【基礎データ】
首都 | ダマスカス |
大統領 | バッシャール・アル・アサド |
人口 | 約18百万人 |
IAEAの加盟: | 1963年6月 |
核兵器不拡散条約 (NPT) | 1968年7月 |
NPTに基づくIAEAとの保障措置協定 | 1992年5月 |
追加議定書 | 未署名 |
原子力事故の早期通報に関する条約 | 1987年7月 |
原子力事故または放射線緊急事態の場合における援助に関する条約 | 1987年7月 |
原子力安全条約 | 1987年7月 |
包括的核実験禁止条約 | 未署名 |
原子力発電所 | なし |
研究炉 | (25MW 医療向アイソトープ製造用)など |
【経緯】
- 2007年9月 イスラエルがDair Alzour施設を空爆により破壊
- 2008年4月 米国がIAEAに、同施設の構築物は北朝鮮製の原子炉施設に極めて類似している旨を通報
- 2008年6月 IAEAの現地調査で、これまでにシリアが申告していない自然状態でない天然ウラン粒子を検出。シリアは、当該天然ウラン核種は建屋を破壊したミサイルに内包されたものである旨主張。IAEAが評価を行った結果、この核種がミサイルに含まれている可能性はほとんど無いことが判明。IAEAは、施設に関する情報提供と現地調査を要求するが、シリアは施設が非原子力施設としてこれを拒否。
- 2009年6月 IAEA理事会においてダマスカス近傍のMNSR(小型研究炉)においても、申告されていない自然状態にない天然ウラン粒子の検出が報告。同調査では、シリアが保有する標準試料や輸送資材には含まれていない数多くの粒子の存在を示唆。
- 2009年10月 IAEAはシリアに対して施設関連情報及び民生活動関連情報の提供を求めるとともに、破壊された建屋の残骸等へのアクセスを改めて求める書簡を発出。
- 2009年11月 IAEA理事会においてIAEAとシリアの協議状況が報告されたが、そこには大きな進展は無く、事務局からはシリア又は他国からの情報提供が無ければ検証作業が進展しない見込みである旨が述べられている。なお、IAEAとの個別協議において、上記MNSRにて採取された粒子について、シリアは異なる発生源(イエローケーキ、少量の輸入等)より生じたものである旨主張するとともに、自国の主張を補強する試料を提出した。
- このように、IAEAは従来のシリアの説明に対する疑問を惹起し、シリアとの個別協議やMNSRに対して査察を行う意図を表明しているが、シリアの協力が無いために核心に踏み込んだ調査が行われないことから、通常の手段による調査の限界が明らかになっている。
- このような進展の無いIAEAとシリアとの協議に対して、一部の国ではストレスが高まっていることから、次回のIAEA3月理事会における報告が、従来のラインに沿った様に淡々とシリアとの協議の状況を報告したものとなるのか、特別査察等の一歩踏み込んだものとなるのか、事務局長として最初の理事会に臨む天野事務局長の舵取りが注目される。
(用語解説)特別査察
特別査察は、通常の査察では不十分な場合に実施される査察であり、INFCIRC153によれば、IAEAが特別査察を行うことができる場合として、「特別報告に含まれる情報の検認を目的とする場合及び当事国が提供された情報及び通常査察から得られた情報がIAEAとの保障措置協定に基づくIAEAの責務を遂行するために充分では無いとIAEAが認める場合」が定められている。さらに特別査察については、1992年2月のIAEA理事会において、現行保障措置協定の範囲内で、申告施設のみならず未申告施設に対しても実施し得ることが確認されている。なお、これまでに特別査察が適用されたのは、1992年のルーマニアのケースと1993年の北朝鮮のケースの2例にとどまっている。
他方で、1993年にIAEAが北朝鮮に対し特別査察を要求したところ、北朝鮮はこれを拒否し、それをきっかけにして1994年にIAEAを脱退したという経緯もあることから、その適用という結論を得るまでには今後も紆余曲折があることが想定される。
(参考)
- Implementation of the NPT Safeguards Agreement in the Syrian Arab Republic (GOV/2009/75)
- Implementation of the NPT Safeguards Agreement in the Syrian Arab Republic (GOV/2009/56)
- "Uncovering Syria’s Covert Reactor" Gregory L. Schulte Carnegie Endowment For International Peace Policy Outlook Jan. 2010
【解説】
本報告書は、究極的には核のない世界を目標にし、3つの段階的アプローチを提言していること、及びその具体的方策を提言していることが特徴と考えられる。特に、全ての核兵器国としてインド、パキスタン、イスラエルも含めた核兵器廃絶及び今後の核不拡散への取り組み方を提言していることは、特筆すべきである。例えば、上述したNPT非加盟国の核兵器国に対しては、NPTの外にある不拡散レジームを強化することで、NPT加盟と同等の義務を課すことにつながるような措置をとっていくことを提案している。NSGにおいては、NPT非加盟国との間での原子力協力に関するクライテリアベーストアプローチを採用すべきとの提言を行い、具体的なクライテリアとして、1)CTBTの批准、2)保障措置下にない核分裂性物質の生産停止の意思表示、3)原子力施設及び核物質に関するセキュリティの確保、4)原子力関連の輸出管理、5)国内テロ活動に対する防止、6)国際的な反テロ活動協力、を挙げている。
(参考)
【解説:政策調査室 大塚】