核不拡散ニュース No.0131 2009.11.13
<クリントン国務長官の米国平和研究所での講演について>
2009年10月21日、米国のクリントン国務長官は、米国平和研究所(U.S.Institute of Peace)で、核不拡散、核軍縮に関する講演を行った。この講演の主な内容は以下に述べる通りであり、2009年4月5日にプラハで行われたオバマ大統領の演説、9月24日の、米国主導での核軍縮、核不拡散に関する国連安全保障理事会決議1887号の採択といった、軍縮、核不拡散推進の流れに沿ったものと捉えることができる。核不拡散の強化、核軍縮の推進の措置に関する提案はほぼ出尽くした感があり、今後は、これらの措置に関し、いかに関係国の合意を得て、どのようなスケジュールで履行に移していくかが課題となる。
講演の主な内容
NPTは核不拡散体制の礎石であり、改正の必要はないが、新たな課題に対応するための措置により補強、アップデートが必要であること、核の脅威(既存の核兵器、新たな核兵器)に対抗するためには、単独主義的アプローチではなく国際協力が重要であること、NPTの3本柱に加え、4本目の柱として、核テロの防止を重視すべきであること、などを総論として述べた上で、各論として以下の方策を提唱している。
[核不拡散]
- 北朝鮮、イランによる核問題への対応
米国は六者会合の枠内での直接交渉は厭わないが、北朝鮮が完全な非核化に向けた、検証可能な不可逆的措置を講じない限り制裁は緩和せず、核武装した北朝鮮との間では正常な関係は有り得ない。
テヘラン研究炉の燃料としてイラン自身の低濃縮ウランを利用する計画(*1)については、迅速なアクションが求められる。
- 保障措置に関するIAEAの権限、資源の強化(追加議定書の普遍化、特別査察等、既存の権限の活用、核物質等を伴わない核兵器関連活動の調査等、新たな権限の付与等)
- 保障措置協定違反の場合の制裁の自動的な発動等、遵守、執行の強化
- 積み替えによる原子力資機材の不法な移転に対する規制の強化
- 原子力供給国グループ(NSG)による濃縮、再処理技術の移転に関する制限の強化
- 燃料供給保証、国際燃料バンク構想、多国間の使用済燃料管理の枠組みの構築
[核軍縮]
- 第1次戦略核兵器削減条約(STARTI)の後継条約を締結し、核兵器を大幅に削減(核のない世界を目指すものの、全ての核兵器が廃絶されるまでは、米国は、核実験を実施することなく、抑止力を保持するに足りる核のインフラを維持)
- 検証条項つきの核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の早期交渉開始
- 核態勢の見直し(Nuclear Posture Review)の中で、核兵器の役割の減少を検討
- 包括的核実験禁止条約(CTBT)の米国による批准、他の未批准国による批准の働 きかけ
解説
本講演の中で具体的措置が言及されている項目は、IAEAによる特別査察の活用、IAEAに対する、核物質等を伴わない核兵器関連活動の調査に関する新たな権限の付与、保障措置協定違反の場合の制裁の自動的な発動などである。
特別査察は、NPT加盟の非核兵器国がIAEAとの間で締結している包括的保障措置協定において、特別報告(核物質の損失や不法な移転などの例外的状況で当該国に求められる報告)に記載された情報の検認の目的で、または、当該国が提供した情報が、IAEAが協定上の責任を果たす上で適当ではないとIAEAが判断した場合において、IAEAに通常査察や特定査察で認められた以上の情報や場所へのアクセスを認めるものであるが(例えば、日IAEA保障措置協定第73条、第76条)、これまでに実際に適用されたのは、1992年のルーマニアのケースと1993年の北朝鮮のケースの2例にとどまる。
1997年にIAEAにより採択されたモデル追加議定書では、申告された情報の正確性、完全性に関する疑問を解決するなどの目的で補完的アクセスが認められているため、追加議定書が発効している国について、特別査察が想定するような事態が発生した場合は、補完的アクセス(原則、当該国の同意は不要)により対応可能と考えられるが、追加議定書を発効させていない国に対しては、特別査察はなお、有効な手段として機能する可能性がある。ただし、その実施には当該国の同意が必要とされていることから、その適用には限界があるものと考えられる。
また、核物質等を伴わない核兵器関連活動、すなわち兵器化(weaponization)に関する活動の調査に関するIAEAの権限の強化については、2008年5月にIAEAが発表した有識者会議の報告書「平和と繁栄のための世界原子力秩序の強化―2020年まで及びそれ以降のIAEAの役割」の中で、追加議定書に規定する保障措置を更に強化する「追加議定書プラス」の構成要素の一つとして挙げられている。本報告書の中では、IAEAに与えられた既存の権限を兵器化に関連する活動に関する査察も含むように解釈するよう提言しているが、解釈論で対応するよりは、むしろ、新たな議定書等の締結により、法的根拠を明確にすることも考えられる。
また、保障措置違反が発覚した場合の対応措置に関しては、現状では、当該国を対象とした国連安全保障理事会決議の採択など個別の対応にとどまっているが、特定の国を対象としない国連安全保障理事会の決議を予め採択し、保障措置違反のケースにおける国際社会の対応を明らかにしておくことは一定の抑止効果を有するものと考えられる。
以上、述べたものも含め、講演に述べられている措置の実現は必ずしも容易ではない。イラン、北朝鮮による核問題は解決の見通しが立っていない。イランについては、イラン国内からの低濃縮ウランの移転による核拡散リスクの低減とテヘラン研究炉用の燃料確保という2つの目的に資するために、低濃縮ウランをロシアで濃縮し、フランスで燃料加工して研究炉の燃料として利用するという構想が検討されているが、仮にこの構想が実現したとしても、イランがウラン濃縮を継続する限り、新たな低濃縮ウランは生産され続けることから、長期的な解決策にはなりにくい。
核不拡散に関する項目は、北朝鮮、イランに続く拡散懸念国が出現するのを防止するための制度的措置の提案であるが、特に、NSGにおける機微技術移転の制限の強化や燃料供給保証に関する枠組みの構築に向けた議論は、一部の非同盟(NAM)諸国による反対から、実現の見通しが立たない状況にある。
また、軍縮に関して、米露間のSTART後継条約については、STARTの期限である12月5日までには何らかの合意がなされるものと考えられるが、米国も含めた未批准国の批准によるCTBTの発効、FMCTの交渉開始等、いずれも実現は容易ではない。
2010年5月に予定されているNPT運用検討会議に向けて、核軍縮、核不拡散のモメンタムが高まっていることは間違いないが、今後は、個々の項目をいかに実現していくかという方法論が重要となる。
(注釈*1)10月1日に行われたEU3(英仏独)+3(米中露)とイランとの交渉において、原則、合意された計画を意味する。イランによる更なる濃縮を防止するためにイランの領域から濃縮ウランを取り除く趣旨で、イランが保有する3%程度の濃縮ウランをロシアで19.75%まで再濃縮、フランスで燃料加工し、テヘラン研究炉の燃料として利用することが想定されている。その後、イランは、本計画の変更を求めているとされている。
【解説:政策調査室 山村】
(情報ソース)