核不拡散ニュース No.0121 2009.04.24
<中央アジア非核兵器地帯条約が発効>
3月21日、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンを加盟国とする中央アジア非核兵器地帯条約が発効した。
1992年にモンゴルが一国非核地位を宣言注1し、地域的な非核兵器地帯創設を呼び掛けたことに端を発する。
1997年2月、5カ国の首脳が非核兵器地帯条約創設を支持するアルマティ宣言を発したことで、非核兵器地帯条約の創設が加速した。
以降、2002年9月にサマルカンドにおいて条約案文が作成され、2005年2月、タシケントでの会合で若干の修正を経て条約文が合意された。
2006年9月に5カ国全てが署名したが、条約は批准した5カ国のうち最後に批准した国の批准書寄託日から30日後に発効するとの規定に基づき、カザフスタンが2009年2月20日に批准書を寄託したことで、今般、条約発効に至った。
条約は以下の全18条のほか、核兵器国に署名開放される議定書、第10条の実施のための手続き規則がある。
- 第1条 定義
- 第2条 条約の適用
- 第3条 基本的義務
- 第4条 他国の船舶、航空、地上の輸送
- 第5条 核兵器または他の核爆発の実験の禁止
- 第6条 環境セキュリティ
- 第7条 平和目的の原子力利用
- 第8条 IAEA保障措置
- 第9条 核物質及び機器の防護
- 第10条 協議
- 第11条 紛争の解決
- 第12条 他の協定
- 第13条 留保
- 第14条 署名及び批准
- 第15条 条約の発効及び期限
- 第16条 条約からの脱退
- 第17条 改正
- 第18条 寄託
【解説】
本条約は北半球の国のみを加盟国とする初の非核兵器地帯条約という点で重要である。これまで未発効も含めて4つの非核兵器地帯条約が存在するが、いずれも南半球を主な対象地域とした条約である(トラテロルコ条約(1968年発効)、ラロトンガ条約(1986年発効)、バンコク条約(1997年発効)、ペリンダバ条約(未発効)。なお、この他、南極及び宇宙空間・天体についてはそれぞれ、南極条約、宇宙条約等により非核兵器地帯とされている)。また、中国及びロシア、パキスタンといった核兵器保有国や、高度の核開発能力を有するイスラエル、核開発疑惑が取りざたされるイランといった国々と地理的に近いことを考慮すると、当該地域において非核兵器地帯条約を創設したことの意義は大きい。更に、カザフスタンという旧ソ連時代に核兵器が配備されていた国が加盟したことも意義があろう。本条約には同地域における核不拡散を強化する規定がいくつか含まれていることも注目すべきところである。第5条では、締約国はCTBTを遵守して域内の核実験または他の核爆発を禁止することを規定している。(締約国は全てCTBTを批准済み)
第8条では、締約国は条約発効後18カ月以内に包括的保障措置協定及び追加議定書を発効するよう規定している。既にキルギスを除く4カ国が追加議定書を発効しており(2009年3月3日現在)、本条約の発効によって近い将来にキルギスが追加議定書を批准することが期待される。更に、同条では締約国に、包括的保障措置協定及び追加議定書を発効していない国に対して核物質や資機材を供給しないよう規定している。現在、原子力供給国グループ(NSG)では資機材の供給にあたり、受領国が追加議定書を締結することを要件化することが検討されているが、まだ合意に至っていない。本条約はこうしたアプローチを先駆的に取り込んだことも特徴と考えられる。
第9条では、核物質防護条約や、IAEAが策定する核物質防護の勧告やガイドラインで要求される防護措置を取るよう規定している。未発効のペリンダバ条約(第10条)にも核物質防護については規定されているが、それ以外の非核兵器地帯条約には規定されていない。中央アジア地域はアフガニスタンにも接しているため、同条項によって非国家主体による核物質盗取などのリスクを低減する効果が期待される。
しかしながら、同条約に問題がないわけではない。第12条では、本条約発効前に締結された国際条約の義務・権利は一切本条約の影響を受けない旨の既得権保証条項を規定している。その条項の対象となりうる1992年にタシケントで締結された集団安全保障条約 注2(タシケント条約)第4条では、一方の締約国が他国に侵略された場合、その他の締約国は軍事援助を含むすべての必要な支援を提供する、と規定している。この条項に基づき、ロシアが中央アジア諸国に核兵器を配備することができるのではないかとの懸念がかねてから米英仏にはあり、本条約の趣旨に反するものであることから、そのような趣旨の規定については削除を求めていた。一方で、こうした懸念を緩和するために、第12条で締約国は含まれる主要原則に従い、条約の目的の実効的な履行に必要な全ての手段をとるよう規定している。結局、将来の核兵器の配備の可能性については曖昧になっており、完全には否定されていない。
また、第3条では核兵器または核爆発装置の保有や管理につながるような締約国の行動を許していないが注3 、第4条で、「条約の目的が損なわれぬよう」という前提つきながら、他国の船舶の寄港(visit)や航空機の着陸(landing)を含む陸海空の域内通過(transit)に関する問題について締約国は主権行使の範囲内で自由に解決できる旨規定しており、事実上核兵器の締約国域内通過を認めているのは、第3条の趣旨を曖昧にするものであるとの指摘がある。
第3条2項は、域内における他国の放射性廃棄物の処分(disposal)を禁止しているところ、現在国際的に議論されつつある核燃料サイクルの国際管理の観点からも注目される。
本条約の遵守状況を検認する組織・委員会または管理システムは規定されていないが、第10条では条約遵守状況をレビューするための協議を年に一度開催するよう規定している。また、この第10条の実施手続きに関する規則では、条約発効後2カ月以内にタジキスタンで第1回協議を開催するよう規定されている。このことから、5月下旬までには第1回協議が開催される見通しである。条約改正にはコンセンサスが必要だが、条約を運用していく上で浮き彫りになった課題は、今後の協議を通じ、運用上問題がないよう改善する必要がありそうである。目下、第1回協議の行方が注目されるところである。
注1)1998年の国連総会で同宣言を歓迎する決議が採択されている。
注2)トルクメニスタンを除く4か国やロシアなどが締約している。
注3)2005年にトルクメニスタンは大量破壊兵器の域内通過を禁止する旨、単独で宣言している。
(参考)
【解説:政策調査室 大塚】