核不拡散ニュース No.0106 2008.11.18
<ISISが中東諸国における核拡散リスクを防止する措置に関する報告書を発表>
2008年11月12日、米国のシンクタンクである科学・国際安全保障研究所(ISIS)は、中東注1において今後、予測される原子力発電の導入に伴い、核拡散リスクの増大を防ぐために、米国の新政権や他のNSG参加国はどのような措置を講じるべきかを提言する報告書を発表した。
本報告では、中東各国における原子力発電導入計画を基に、使用済燃料中に蓄積するプルトニウムの量は、中東全域で、2020年に13トン、2030年に45トンに達すると予測し、2020年の想定蓄積量13トンは核兵器1,700発に相当すると算定している。
こうした核拡散リスクの増大を低減し、中東非核兵器地帯の実現に途を開くためには、使用済燃料からプルトニウムを分離させないようにすること、追加議定書を含む適切な保障措置の受け入れを求めること、中東から使用済燃料を撤去するメカニズムを構築することを提言し、そうした措置が講じられない限り、新政権は、中東諸国による原子力発電の導入に反対するよう求めている。
具体策として以下の措置を挙げている。
1.原子炉の輸出にあたって受領国が追加議定書を発効させていることを条件化
追加議定書が発効していないと、IAEAは秘密裡の濃縮、再処理活動を探知することができず、当該国の原子力計画が民生用に限ったものであることを保証することができないとし、米国の新政権に対し、原子炉の輸出にあたっては、受領国が追加議定書を発効させることが条件であることを制度化するよう提言
現状で、中東諸国の内、追加議定書を発効させているのは、ヨルダン、クウェート、リビア、トルコのみ。エジプトは追加議定書に署名する意思のないことを明言している。
2.濃縮、再処理の自発的モラトリアム
原子力発電を目指す中東諸国は、濃縮、再処理能力の開発のモラトリアムに同意すべきであるとし、アラブ首長国連邦(UAE)が行ったような、独自の濃縮、再処理能力の開発を放棄し、海外からの燃料供給に依存する旨の政策表明は、核拡散リスクを低減する観点から有益であり、慫慂されるべき旨、提言
3.NSGにおける濃縮、再処理技術の移転の禁止の合意
NSGは、中東諸国や拡散懸念が高い他の国に対する濃縮、再処理技術の移転禁止に合意すべき旨、提言
4.使用済燃料の引き取り及び燃料供給保証
原子炉の供給国は、中東諸国との間で、使用済燃料の引き取り及び燃料供給保証に関する取決めを交渉するよう提言。特に使用済燃料の引き取りは、運転期間中、当該原子力発電国に存在する使用済燃料の量を一定量以下に抑制し、原子炉が運転を停止した後は全ての使用済燃料をその領域から取り除く観点から評価。
こうした使用済燃料引き取りの取決めは、英仏両国が日本等との間で実施したような、再処理後のプルトニウムやMOX燃料の中東諸国での利用を含むものであってはならないとしている。
5.検証条項付の兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉へのイスラエルの参加の説得
当面の措置として、米国の新政権がイスラエルに対し、兵器用核分裂性物質の生産停止を求めるよう提言。検証条項を含まないFMCTを目指すブッシュ政権の政策は見直されるべきとする。
[解説]
現在、中東において運転中の商業用原子炉は存在しないが、ここ数年、多くの国が原子力発電導入への関心を示している。こうした原子力発電への関心の急激な高まりの背景には、今後、増大するエネルギー需要を補うという経済的要因以外に、イランによる核開発に対抗して、核オプションを保持しておきたいとする政治的思惑があるとの見方もあり、核拡散上の懸念を呼んでいる。各国の原子力発電への関心表明は、域内国相互の対抗意識から起きている側面もあり、現段階で表明されている原子力発電計画の全てが実現されるとは考えにくいが、少なくとも、いくつかの国において、近い将来、原子力発電が開始される可能性は高い。原子力発電導入に対する核拡散リスクを低減するには、本報告書が提言する措置を組み合わせて適用していくことが求められる。自発的な取組みを求める2.の措置やイスラエルのみに関連する5.の措置に較べて、特に1,3,4の措置は重要度が高いが、どれも実現は簡単ではない。
1については、数年前からNSGの場で議論されているが、一部の国の反対により実現に至っていない注2。3.については、現在、NSGの場で議論されている、予め定められた基準を満たした国に対してのみ濃縮、再処理技術の移転を求めるクライテリアベーストアプローチの中で、中東諸国への移転を排除するようなクライテリアをいかに盛り込んでいけるかが焦点となる。
4.に関しては、現在、IAEAを中心に燃料供給保証の枠組みの構築に関する議論がなされているが、具体的な進展は得られていない状況にある。受領国にとっては、燃料供給よりも使用済燃料の引き取りの方が、より参加するインセンティブが高いものと考えられるが、どこの国が引き取るにせよ、他の国で発生した使用済燃料を引き取ることに対しての当該引取り国における世論の反対という点がクリアすべき課題である。
これらの措置に対する多国間の合意はより難しいものと考えられ、受領国による追加議定書の発効や濃縮、再処理に対する規制、使用済燃料の引取りを、供給国と受領国との二国間原子力協力協定等の中で要件として盛り込んでいくことも考えられる。
実際、米国が今年に入って、バーレーン、UAE、サウジアラビアが米国との間で締結した原子力協力に関する了解覚書については、その中であるいは署名に際し、いずれの国も濃縮、再処理技術の追求を自主的に放棄し、既存の国際核燃料市場に依存することを明確にしている。これは、これまでに例がない新たな動きとして注目される。
注1)本報告では、イラン、トルコや北アフリカ諸国(エジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコ)を含む通常よりも広い地域として捉えている。
注2)アルゼンチン、ブラジルは自らが追加議定書を発効させていないことを理由として、条件化に反対しているとされている。NSG参加国45ヶ国の内、追加議定書を発効させている国は41ヶ国であり、2ヶ国(ベラルーシ、米国)は、署名済み、未発効。2ヶ国(アルゼンチン、ブラジル)は署名もしていない。
【解説:政策調査室 山村】