核不拡散ニュース No.0103 2008.10.24
<北朝鮮核問題の動向>
【最近の主な動向:概要】
- 北朝鮮核問題においては、北朝鮮による核関連施設の無能力化措置の停止(8月14日)、再処理施設の封印・監視装置の撤去(9月22日通告、9月24日撤去完了)、再処理施設の再稼動通告(9月22日)、IAEA査察官による核施設へのアクセスの拒否(10月9日)など、非核化に逆行する動きが見られた。
- しかし、10月初め、争点となっていた北朝鮮の核計画の検証方法で米朝が合意に至ったことで事態が一転。10月11日、北朝鮮の検証方法案の受入れに伴い、米国務省は北朝鮮に対するテロ支援国家の指定を解除し、10月14日、指定解除を受けて、北朝鮮は核施設の無能力化措置を再開した。
- 今後、舞台は六者会合の場に移り、米朝で合意された核計画の検証プロトコール(Verification Protocol)の詳細を詰めるなど、2005年9月の共同声明における第三段階の措置の具体化を目指すことになる。
- しかしながら、検証方法については、特に未申告の施設に関し、「双方の合意に基づきアクセスを有する」と対等な立場が示唆されており、今後の検証の具体化に当たっては、北朝鮮側が本表現を根拠に政治的な駆け引きを行ってくることが十分に予想されるなど、より困難な課題を残すことになったと見られる。
【本文】
争点となっていた検証方法の原則が米朝間で合意されたことで、北朝鮮核問題は、2005年の共同声明に掲げた目標の実現に向けた第三段階へと向かうことになる。今後の措置としては、まず、六者会合関係国による検証プロトコールの成文化を経て、北朝鮮核計画の検証方法として正式に採択し、その後、実際の検証実施にあたっての検証手順を具体化する作業に着手する。
しかし具体化にあたっては、未申告の核物質・活動についての検証方法などについて、合意内容にある曖昧な表現を如何に実体化するかといった非常に厄介な問題が残っており、困難な交渉が継続することが想定される。
上記の認識から、米朝で合意された検証プロトコールの概要と他の検証方法の例(IAEA追加議定書における補完的アクセス及びイラク、リビアにおける検証活動の実例)を比較し、北朝鮮核計画の検証プロトコールの特異性に留意しつつ以下に今後の課題を整理する。
[1]検証方法に関する米朝合意と、7月の米国提案及び他の検証方法例との比較
今回米朝間で合意された検証プロトコールの概要は以下の通りである。(検証方法の詳細は現時点では明らかになっていない。)
[米朝間で合意された検証方法の概要](参照1)
北朝鮮の核計画の検証方法をめぐって今回一番の争点となったのは、「アクセス」の適用内容であった。申告済みの核関連施設以外の場所・施設へのアクセスは、未申告の核物質・活動の検知の可能性を高めるため、核活動の申告内容の正確性ならびに完全性の検認のための有効な措置として活用されている。このような拡大アクセスは、IAEA保障措置においては追加議定書での「補完的アクセス」として運用され、また、イラクにおける当時の国連特別委員会(UNSCOM)(現在は国連監視検証査察委員会:UNMOVIC)による検証活動やリビアでの核計画廃棄に伴うIAEAの検証活動でも主要な手段として適用された。
拡大アクセスは、検証活動の根拠となる取決めに応じて適用内容が異なる。追加議定書の補完的アクセスは、IAEAの事前通告が義務付けられている点で「条件付のアクセス」といえるが、未申告の施設・場所でIAEAがアクセスを要請したがアクセスの確保が不可能な場合には、当該国はIAEAの要求を満たすために「あらゆる合理的な努力を払う」とあり、IAEAに対する当該国の協力の義務が示唆されている。また、IAEAが検証結果から生じた疑義を解消するために検証対象国の協力が得られない場合は、特別査察という形で、指定する施設・場所へのアクセスを求めることができるという点で、IAEA保障措置下ではより強制力を持つアクセスの行使が可能である。一方、イラクに適用されたUNSCOMによる拡大アクセスの内容は、安保理決議687に基づく「事前通告を必要としない無制限かつ強制的なアクセス」(参照2)であり、また、リビアでの場合は、同国の2003年12月の核計画廃棄の決断に準じたもので、リビア政府の全面的な協力によって通常の保障措置で求められる以上の権限をIAEAに認める「フル・アクセス」(参照3)であった。
7月の六者会合の際に米国が提案した検証手続草案(参照4)では、申告済み施設・場所以外の未申告の施設・場所に関しても、事前通告などの条件を伴わない「フル・アクセス」を北朝鮮に求めており、その点で、リビア型のアクセスを要求したと解釈できる。しかし、北朝鮮がこの「フル・アクセス」に強く反発し、交渉が暗礁に乗り上げたため、8月11日、米国務省は北朝鮮のテロ支援国家の指定解除を延期し、それに対抗するかのように、10月初めにかけての2ヶ月弱、北朝鮮は、米国から譲歩を引き出すための揺さぶりとも思われる一連の非核化に逆行する動きを見せた。その後の米朝の協議の結果、10月初め、一転して米朝が検証方法の合意に至り、10月11日、米国務省は北朝鮮に対するテロ支援国家の指定を解除することとなった。未申告施設・場所については、「双方の合意に基づくアクセス」との表現が付加されており、米国側が譲歩した形となっている。この「双方の合意に基づく」との表現は、対等な立場を示唆しており、北朝鮮核計画の検証方法における特有な表現といえる。
これについて米国政府は、「双方の合意に基づく」との表現は検証の中断を示唆するものではないとした上で、「未申告施設へのアクセス」、「サンプルの採取」、「ウラン濃縮活動の疑い」といった重要な要素が検証合意に含まれたことを評価した。いずれの検証においても、「何を検証するのか」という目的を念頭に、一つ一つ検証方法を積み上げていかなければならず、北朝鮮のケースが特別ではないとの認識を示した(参照5)。なお、このような妥協が行われた背景として、厄介な問題には蓋をして体裁だけ整える米国ブッシュ政権の任期切れ直前の点数稼ぎであるとか、北朝鮮の2回目の核実験準備の疑いに対する反応であるといった評価も一部で報じられている。
いずれにせよ、北朝鮮の懸念への配慮からアクセスの条件を曖昧に表現したことで、検証におけるアクセスの適用内容の具体化など厄介な問題は、今後の取組みの課題として残されたと言わざるを得ない。
[2]北朝鮮の核問題の特異性と今後の課題
第一次核危機(1993-1994年)勃発後の米朝枠組合意(1994年10月)及び第二次核危機勃発(2002年)後の六者会合による取組みと、北朝鮮の核問題は常に政治的な問題として取組まれてきた。その一方で、IAEAは北朝鮮の包括的保障措置協定(INFCIRC/153型のINFCIRC/403)の締結(1992年)にもかかわらず、同国での検証活動を一度も完了できずに現在に至っている。政治的な取組みの中で、IAEAの役割は封印・監視によって核施設の凍結・停止を担保することに限定されてきた。このような状況において、北朝鮮の核計画は常に交渉材料の性格を有してきた経緯があり、今後の検証方法の詳細を詰める段階においても、「双方の合意に基づく」との原則を理由に、政治的な駆け引きに利用されることが懸念される。
特に、検証の結果生じた疑義の解消、ウラン濃縮関連活動及び拡散活動に対する疑惑の解明、そして未申告の核物質・活動が存在しないことの証明の分野において、このように検証方法が政治的な駆け引き材料となることで深刻な問題を生じる可能性が危惧される。まず、上述したとおり、北朝鮮の核計画に対しては一度も検証が完了しておらず、同国の核活動の実態についての知識の蓄積は存在しない。北朝鮮の核活動の実態把握には、一から核活動の歴史を構築する骨の折れる作業が要され、頻繁に生じる疑義に対しても、すみやかな対応が求められる。次に、ウラン濃縮関連活動及び拡散活動に対する疑惑の解明についてだが、北朝鮮がこの問題への取組みを拒否するのではとの懸念を払拭する意図で、合意された検証プロトコールには「あらゆるウラン濃縮に関連する活動及び拡散活動」に対しても検証方法を適用する旨が明示されている。しかし、問題は適用される検証方法の詳細にあり、その検証の実施には、政治的な思惑も重なり核廃棄のプロセス全体にも打撃を与えかねないことに留意する必要がある。最後に、未申告の核物質・活動が存在しないことの証明についてだが、これは北朝鮮の全面的な協力が得られない限り、未申告施設・場所をも含む徹底した検証は不可能であり、したがって未申告核物質・活動の嫌疑は払拭できない。北朝鮮の全面的な協力が約束されていない現状においては、アクセスに関して北朝鮮の合意という形での協力を促すこと、ならびに北朝鮮の全面的協力を引き出すことを念頭に置いた環境作りが優先される。
以上から、検証方法の具体化を進める上で、より喫緊かつ実現可能な分野での取組みが優先だというのが、米国政府の見解である(参照5)。したがって、プルトニウム計画の検証を主眼においた、疑義の解消に資するアクセスの適用内容の具体化が、第三段階における最優先課題であると認識される。
(参考資料)
【報告:政策調査室 濱田】