核不拡散ニュース No.0096 2008.08.12
<米印原子力協力について>
○7月22日、インド議会において現政権に対する信任投票が可決。
○8月1日には、IAEA特別理事会で「インドとIAEAの間の民生原子力施設への保障措置協定」が承認。
○米印原子力協力協定の発効へ向けた次のステップは、8月21日〜22日に開催予定の原子力供給国グループ(NSG)における検討へと移ることとなる。
○NSGにおける検討は、包括的保障措置の適用に関し、インドの例外的取扱いを認めるか否かという、NSG体制の根本に係わる事項であることから、コンセンサスを得るのに困難が予想される。
○また、米国議会の最新動向からすると、ブッシュ政権中に本協定を発効させることは極めて難しいと考えられる。
1. インド議会における信任投票
7月22日、インド議会下院において現政権の信任投票が行われ、275対256で信任を得た。米印原子力協力への反対を理由に、左派政党4党は政権への支持を取り下げたが、代わりに、サマージワーディー(Samajwadi)党からの支持を取り付けたことで、多数を確保することに成功し、これにより当面の解散・総選挙は回避された。
2. 印-IAEAの保障措置協定の承認
8月1日、IAEA特別理事会が開催され、「インドとIAEAの間の民生原子力施設への保障措置の適用に関する協定」がコンセンサスにより承認された。
ヘンリー・ハイド法(米印原子力協力を規定する米国の国内法)では、米印原子力協力協定の発効に向けた条件の1つとして、「インドとIAEAの間の保障措置協定の署名の前に要求される全ての法的ステップを完了させたこと」が挙げられている。IAEA理事会の承認が得られたことで、本条件は満たされたことになる。
協定案(インド外務省により公開)は、INFCIRC66というIAEA文書に従った保障措置注1をベースにするものであるが、以下の点が、通常のINFCIRC66型の保障措置協定とは異なる。
注1)現在は、核兵器不拡散条約(NPT)を批准していない、インド、パキスタン、イスラエルのみに適用。INFCIRC66には、保障措置が適用されるケースとして、(1)IAEAとある国との間のプロジェクト協定により、原子力資機材がIAEAから提供される場合、(2)二国間取り決めや多国間取り決めに基づき、原子力資機材が提供される場合であって、取り決めの当事国がIAEAに対し、保障措置の適用を要請した場合、(3)ある国が自発的に一定の原子力活動を保障措置に提供する場合の3つが挙げられている。
(1)前文において、インドが保障措置を受け入れた背景は、(1)インドが国際核燃料市場へのアクセス(いくつかの国の企業による、信頼性が高く、中断のない、継続的な燃料供給へのアクセスを含む。)を得るための国際協力取り決めの締結、(2)核燃料の戦略的備蓄を構築するインドの取組への支援である旨が規定されていること
また、燃料供給途絶が起きた場合にインドが民生用原子炉の継続的運転を確保するために是正措置を講じることができる旨が規定されていること
(2)現段階では、保障措置の対象となる原子力施設は特定されておらず(一種のアンブレラ協定として位置づけられている)、2009年からインドが段階的にIAEAに対し、保障措置の対象となる施設の通知を行うことにより、本協定の附属書に掲げられる保障措置対象施設のリストが随時、更新されていくシステムを採用していること
(3)現在、インドとIAEAが締結している、本協定以外のINFCIRC66型の保障措置協定は、当事者の合意により適用が停止され、本協定の下での保障措置に移行していく可能性が示されていること
また、追加議定書に関しては、米印原子力協力協定発効の条件の一つとして、インドとIAEAの追加議定書の締結に向けて大きな進展(sustantial progress)がなされつつあることが明記されているが、エルバラダイ事務局長の演説の中で、両国は既に追加議定書に関する協議を開始した旨が述べられている。
3. 今後の展開
米印原子力協力協定が発効するためには、今後、
(1)原子力供給国グループ(NSG)のガイドラインに規定される受領国条件の1つである、包括的保障措置協定の締結に関して、インドに対する特例措置がNSG参加国のコンセンサスにより決定されること
(2)追加議定書の締結に向けて大きな進展がなされつつあること
(3)米国議会により米印原子力協力協定が承認されること
というステップが必要となる。ヘンリー・ハイド法においては、(1)、(2)が米印原子力協力協定の議会提出の条件となっているため、(1)、(2)がクリアされた後で始めて、(3)のステップに進めることになる。
(情報ソース)
- インド下院議事録(7月22日)
- インド外務省ホームページ(7月10日)
- IAEAホームページ(8月1日)IAEA Board Approves India-Safeguards Agreement
- IAEAホームページ(8月1日)Introductory Statement to the Board of Governors
- アームズコントロール・ホームページ Letter from Congressman Howard Berman to Secretary of State Condoleeza Rice on the U.S. Indian Nuclear Deal
<米露原子力協力協定及び米国が締結するその他の国との原子力協力協定の発効手続きを改正する法案が下院外交委員会で可決>
○7月24日、米議会下院の外交委員会は、「米露原子力協力協定の履行等のための法案」を可決。
○本法案は、米露原子力協力協定を承認するための条件を定めるもの。
○加えて、本法案には、米国がロシア以外の他国との原子力協力協定を締結する際の発効要件を変更する規定(現在の米国原子力法では「他国との原子力協力協定は上下両院による合同不承認決議が採択されない限り発効する」を、「上下両院による合同承認決議がなされた場合のみ発効する」など)も含まれており、今後の日米原子力協力協定の改正にも影響を及ぼす可能性がある。
○本法案については、今後、上院外交関係委員会との調整、大統領による承認等が必要であり、原案通り成立する可能性は低いと考えられるが、その審議動向に引き続き注目していくことが必要。
7月24日、米議会下院の外交委員会は、同委員会のハワード・バーマン委員長(民主党)及びイリアナ・ロス・レーティネン議員(共和党)が共同で提出した「米露原子力協力協定の履行等のための法案」(H.R.6574)を可決した。本法案は、原子力資機材や技術の米国からロシアへの輸出にあたって、ロシアが、イランへの大量破壊兵器に関連する製品、サービス、技術の移転の禁止等の措置を講じていることを大統領が認定すること、等の条件付きで米露原子力協力協定を承認するものである。また、本法案は、米露原子力協力協定を含む他国との原子力協力協定の発効要件を変更する規定を含んでおり、もし、原案のまま成立すれば、日米原子力協力協定の改正を含む今後の原子力協力協定の発効手続きを根本的に変更することになる。
本法案の概要は以下の通りである。
○米露原子力協力協定の承認について
【第101条】議会の承認
1.次項の要件を条件として、本協定を承認する。
2.原子力法第123条の規定にかかわらず、米露原子力協力協定は本法案およびその他適用可能な条項に従って発効する。
○ロシアとの原子力協力の制限について
【第102条】ロシアの核不拡散活動の認定
米露原子力協力協定に基づくロシアへの原子力資機材及び技術の輸出に関しては、大統領が毎会計年度、下院外交委員会及び上院外交関係委員会に対し、以下の要件が満たされていることを認定しない限り、輸出許可を発給することはできない。
1) ロシア政府は、製品、サービス、技術注1のイラン政府への移転を禁止、停止、防止する措置を既に講じ、現在まで講じ続けていること
2) 直前の12か月間に、
・米国が入手できる信頼できる全ての情報に基づき、毎年、ロシア政府またはロシアの国民、団体と、イラン政府またはイランの国民、団体との間で、製品、サービス、技術の移転に関する協力は存在しないと判断できること。またはロシア政府は以下のいずれかを実施したこと。
(1)ロシアの国民、団体とイラン政府またはイランの国民、団体との間での重要な協力を終了させたこと。
(2)ロシア政府はそのような協力が再発しないよう効果的な防止措置を講じたこと。
(3)そのような協力を行ったロシア国民、団体を処罰したこと。
【第202条】イランへの制裁に対するロシアの協力の認定
・イランの核計画に対し効果的な国際制裁および国連安全保障理事会による制裁を課す取り組みに関し、ロシア政府は十分かつ完全に米国の活動を支持していること。
【第203条】米国の民間原子力産業を守るための原子力損害賠償法制の整備の認定
・ロシア政府が「原子力損害に対する補完的補償条約」を批准していること。あるいは、米国の原子力産業がロシアとの間で原子力取引を実施するにあたり、原子力損害賠償責任を免除する国内法をロシアが整備していること。
注1)(1)NSGガイドラインのパート1及びパート2、(2)ミサイル技術管理レジームの附属書及びその改正版、(3)オーストラリア・グループによって輸出管理されている生物化学兵器に関する規制品目、(4)化学兵器禁止条約の表1及び表2、(5)ワッセナー・アレンジメントの汎用品・技術リストや武器リスト及びその改正版、に掲載されている製品、サービス、技術を指す。または、上記以外であっても(5)もし、米国製の製品、サービス、技術であったならば、大量破壊兵器及びその運搬システムの開発に重要な寄与をする可能性を有するものとして、イランへの輸出が禁じられていたであろう、製品、サービス、技術、と定義されている。ただし、ブシェール原子炉の運転に直接関係する製品、技術、サービスは除外されている。
○今後の原子力平和利用協力協定について
【第401条】原子力協力協定の議会承認に係る要件
・他国との協力に係る原子力法第123条dを以下のとおり改正する。
・原子力法第123条が定める要件を満たす原子力協力協定は、90日間の継続会期中に上下両院による合同承認決議がなされた場合のみ発効する。
(参考:改正前)現行の原子力法第123条が定める要件を満たす原子力協力協定は、90日間の継続会期中に上下両院による合同不承認決議が採択されない限りにおいて発効する。
・実施取極めに係る131条a(1)を以下の通り改正する。
・原子力協力協定の下で行われる実施取極めは、当該実施取極めの通知とともに、DOE長官による、当該実施取極めが米国の防衛を損なうものではない旨の書面による認定とともに連邦官報に掲載され、議会による合同承認決議をその発効要件とする。実施取極めを議会へ提出した後31日以内に核不拡散評価書を上院外交関係委員会及び下院外交委員会に提出する。
(参考:改正前)原子力協力協定の下で実施取極めを締結する場合、当該実施取極めの通知とともに、DOE長官による、当該実施取極めが米国の防衛と安全保障を損なうものではない旨の書面による認定とともに連邦官報に掲載され、掲載されてから15日後に効力を発生する(ただし、再処理のための第三国移転、再処理、再処理により生じたプルトニウムの移転のための実施取極めに関しては、議会に対し、本実施取極め締結の理由を含む報告書を提出し、15日間経過することが必要)。
【第402条】原子力協力協定に係るイニシアティブ及び交渉
・以下を123条の規定に追加する。
・大統領は新規の原子力協力協定あるいは既存の原子力協力協定の改定に関するイニシアティブや交渉を発表する前に、下院外交委員会及び上院外交関係委員会に対し、そのイニシアティブや交渉について十分に現状を報告する。さらに、交渉を開始した日、協定案の受領もしくは送付の日の内、どちらか先の日から15日以内、及び協定交渉が完了するまで月に一度、両委員会と協議する。
(情報ソース)
- Library of Congress THOMAS(H.R. 6574)
- Nuclear Cooperation Agreement with Russia: Statutory Procedures for Congressional Consideration
- NTI HP
- Platts HP
(1) H.R.6574が原案のまま成立した場合の米露原子力協力協定への影響
5月6日に署名され、5月13日に議会に提出された米露原子力協力協定は、原子力法第123条の規定により、90日間の継続会期中に上下両院による合同不承認決議が採択されない限り発効に至ることになっている。しかしながら現在、想定されている議会のスケジュールによれば、議会は9月26日に、大統領選挙、議会選挙に備え、休会することになり、また、大統領選挙後のいわゆるレイムダックセッションも開催されない可能性が高い。この場合、90日間の継続会期を満たすことができないため(議会調査局では78日間と数えている)、このまま、議会が何もアクションを起こさなければ、今会期中に同協定は発効に至らないことになる(もし今会期中に発効しない場合、次期大統領が同協定を議会に再提出する必要があり、再提出の時点から90日間のカウントが開始されるとの解釈が有力である)。
仮に、本法案(H.R.6574)が原案のまま今会期中に成立した場合、上記第101条第2項が示すように、現行の原子力法第123条にかかわらず、本法案による手続き変更により、米露原子力協力協定を両院が条件つきで合同承認することで発効を可能にすることになる。
(2) H.R.6574 の今後の展望
以下の理由により、本法案が原案通り成立する可能性は低いと考えられる。
1) 本法案が成立するためには、同種の法案が上院でも可決され、上下両院による内容の調整により、同一の法案が上下両院の本会議で可決される必要がある。上院外交関係委員会でも、同種の法案が検討中とされるが、ロシアに求める条件はより緩やかなものであるととともに、H.R.6574に含まれるような、原子力協力協定の発効要件を根本的に変更するような条項は含まれないとの観測が強い。また、以下に述べるように、本法案は第401-402条の規定を含むことで、大統領による拒否権発動の対象になる可能性が高いことから、もし、本法案を成立させようとする意図が強いほど、本法案の成立をより難しくする第401-402条は、上下両院による法案一本化の過程で削除される可能性が高いと考えられる。
2) 第401-402条は、原子力外交に対する議会の監督権限を強め、結果的に、行政府の裁量の範囲を狭めるものであることから、大統領による拒否権の行使が予想される。拒否権を覆す(オーバーライド)ためには、3分の2以上の多数をもって可決する必要があるが、これまでの原子力協力協定発効の考え方を根本的に変える法案に対し、党派を超えた支持が得られることは考えにくい。
以上から、本法案が原案通り成立する可能性は低いと考えられるが、(1)米露原子力協力協定が会期中に発効するか否か、(2)発効するとすれば、どのような条件が付けられるのか、(3)他の原子力協力協定への影響への観点から、第401-402条が最終的にどのような取り扱いになるか、本法案の審議動向に引続き注目していきたい。
(1)について、NSG総会は8月21-22日にも開催されるとの報道がなされているが、NSGはコンセンサス方式で意思決定がなされ、参加国45か国のうち、1国でも反対すれば決定できないことになる。保障措置協定の場合は、保障措置の適用範囲の拡大という観点から支持を得やすかったと考えられる。これに対し、NSGの決定は、包括的保障措置の適用に関する例外的取り扱いを認めるか否かという、原子力供給体制の根本に係わる事項であることから、コンセンサスを得るのにより困難が予想される。インドが求める、clean exemption(特例措置を認めるにあたり、条件を付さないこと)が得られるのか、あるいは、何らかの条件が課されるかが、焦点となる。
(2)について、追加議定書の締結に向けて「大きな進展」が得られつつという要件をクリアしているか否かを客観的に判断する基準がなく、要件自体が曖昧である。従って、米国政府が、本協力を協力に進めようとするのであれば、既に何回か交渉が行われたことをもって、米国議会に対して、本要件をクリアした旨を主張することも考えられる。
(3)については、議会提出後、9月26日までに上下両院の合同承認決議を可決することにより発効させることは不可能ではない。しかし本協定を所掌することになる下院外交委員会のバーマン委員長が、8月5日付のライス国務長官にあてた書簡の中で、たとえ、(1)のステップがクリアされたとしても、十分な審議時間が確保できないことを理由に、今会期中に本協定を発効させることに否定的な見方を示していることを勘案すると、本会期中、すなわちブッシュ政権中に本協定を発効させることは極めて難しいと言わざるを得ない。
ただし、過去の投票行動や最近のインタビューから、マケイン候補、オバマ候補とも、米印原子力協力に賛成であると見られることから、(1)のステップさえクリアされれば、次期政権の早い時期に発効する可能性は高いものと考えられる。
【報告:政策調査室 山村】