1_1_1 地下水流動解析
達成目標
リージョナルスケール領域における地下水流動解析によって,評価対象領域における地下水流動特性を把握するためのローカルスケールにおける地下水流動解析のモデル化領域および境界条件の設定を目標とします。
方法・ノウハウ
①後背地地形の分析:
Tóth(1963)1)が提案しているように,地下水流動を引き起こす要因の1つである動水勾配は地形の影響を強く受けており,地下水流動系の空間的な広がりは主に後背地地形に支配されています。地下水は最大傾斜方向へ流れることから,着目する地下水流動系に対する後背地地形の影響範囲を把握するため,国土地理院の数値地図(標高情報)などを用いて評価対象地点を中心とした領域(正方形)を徐々に拡大していった場合の最高標高点と最低標高点の位置関係の変化を調べます。
図1は領域の大きさ(正方形領域の一辺の長さ)と最高標高値との関係を示しています。なお,本図の場合,最低標高点が常に領域の南西部にあることから,最高標高点のみに着目しています。図1には,領域の拡大にも関わらず最高標高値が一定の区間が認められます。この最高標高値が一定の区間では最高標高点と最低標高点との位置関係が変わらないことになります。そのため,図1では最大傾斜方向の異なる4つの領域が存在することになります。この4つの領域を対象とした地下水流動解析を実施して,モデル化領域の違いによる地下水流動系の涵養域の位置などの変化により地下水流動系に影響を与える後背地地形の範囲を特定し,それを基に着目する地下水流動系を適切に表現するための必要最小限のモデル化領域を設定します。
②不連続構造の抽出:
広域的な地下水流動へ影響を与えると考えられる不連続構造としては構造線などの大規模な断層があげられます。大規模な断層は,「日本の活断層」2)を基に以下の条件を基準として抽出します。
- 地形の起伏から推測される大局的な地下水流動方向の上流側に分布する断層
- モデル化領域を横断するような大規模な断層
- 評価対象領域近傍の断層
③水理地質構造モデルの構築:
リージョナルスケール領域を対象とした調査段階では,地質環境に関する情報は文献情報に限定されることが多くなり,岩盤の水理地質構造に関する詳細なデータは入手し難いと考えられます。そのため,不連続構造として抽出した断層以外の岩盤部は全体を均質と仮定し,モデル化領域に広く分布する岩石の平均的な透水係数を設定するといった簡便なモデル化手法を適用します。
④地下水流動解析の実施:
評価対象地点周辺を通過する地下水流動系に対する後背地地形の影響を把握することが主な目的であるため,地形面に地下水面を固定した飽和地下水流動解析を実施します。解析結果の信頼性を確認するうえでは,境界条件に着目した感度解析を実施し,境界条件の設定の違いが解析結果に及ぼす影響を把握しておくことも重要です。解析結果は,評価対象領域周辺の水圧分布から全体的な地下水の流動方向を確認するとともに,評価対象地点周辺を通過する地下水の流線を可視化し,涵養域と流出域の位置を確認します。
東濃地域における実施例3-5)
リージョナルスケール領域を対象に実施した地下水流動解析によって,後背地地形が地下水流動系に及ぼす影響を把握するとともに,研究所用地を通過する地下水流動系の地下水域(ローカルスケール領域)を抽出しました。その結果,研究所用地を通過する地下水流動系に関して以下のことを明らかにすることができました。
- 地形解析により,研究所用地を通過する地下水流動系に影響を及ぼす可能性のある後背地地形として,屏風山(729m),笠置山(1,128m),恵那山(2,191m),御嶽山(3,067m)を抽出し,これらの山地を領域内に含む複数のリージョナルスケール領域(研究所用地を中心とした20km四方,35km四方,70km四方,115km四方)を設定しました(図1)。
- 地下水流動解析の結果,20km四方の領域と35km四方以上の領域では地下水流動系の涵養域の位置などが異なりました(図2)。この結果から,研究所用地周辺の地下水流動系は,35km四方までの領域に含まれる後背地地形の影響を受けていることがわかりました。
- 35km四方の領域をモデル化領域とした地下水流動解析により,研究所用地の標高-2,000m付近より浅い領域を通過する地下水は,土岐川と木曽川の流域境界の尾根を涵養域,土岐川を流出域とする流動系であることが推定されました。この地下水流動系の地下水域を包含する領域(約9km×9km)を,ローカルスケール領域として設定しました(図3)。
- 抽出したローカルスケール領域における地下水流動解析を実施する際の境界条件として,リージョナルスケール領域における地下水流動解析との整合性を保つため,側方および底部境界面は不透水境界に,また,上部境界面は涵養条件および自由浸出面に設定しました。
- これらを通して,評価対象領域における地下水流動特性を把握するためのローカルスケール領域における地下水流動解析のモデル化領域および境界条件の設定手法として,既存の文献情報に基づく後背地地形と大規模断層を考慮したリージョナルスケールにおける地下水流動解析が有効であることを確認しました。



参考文献
- Tóth, J. (1963): A Theoretical Analysis of Groundwater Flow in Small Drainage Basins, Journal of Geophysical Research, vol.68, No.16, pp.4795-4812.
- 活断層研究会編 (1991): 新編日本の活断層-分布図と資料-,東京大学出版会.
- 天野健治,岩月輝希,上原大二郎,佐々木圭一,竹内真司,中間茂雄 (2003): 広域地下水流動研究 年度報告書(平成14年度),核燃料サイクル開発機構,JNC TN7400 2003-002,40p.
- 稲葉薫,三枝博光,中野勝志,小出馨 (2003): 深部地下水の流動系を把握するためのモデル化領域とその境界条件の設定に関する検討,第32回岩盤力学に関するシンポジウム論文講演集,pp.359-364.
- 稲葉薫,三枝博光 (2005): 深部地下水流動系を抽出するための後背地地形の影響を考慮した広域地下水流動解析,地下水学会誌,第47巻第1号,pp.81-95.