IAEA「核セキュリティに関する国際会議:グローバルな努力の強化」
(1)概要
2013年7月1日~5日、ウィーンで国際原子力機関(IAEA)の主催により、「核セキュリティに関する国際会議:グローバルな努力の強化」が開催された1。会議初日は閣僚級会合、2日目以降はメイン・セッションと技術セッションからなる本会合が開催され、125のIAEA加盟国及び21の機関から1300人以上の専門家・関係者が参加し(このうち34ヶ国は閣僚レベルが出席)、核セキュリティに関して今まで開催された会議で最も参加者の多い会議となった。
本会議は、核セキュリティ強化のための国際社会における近年の成果を総括してこれまでの経験並びに新たな傾向を識別し、国際的な核セキュリティ努力及び長期的な目標及び優先事項についての見解をとりまとめるとともに、2014年〜2017年のIAEA核セキュリティ計画の策定に資するものとして開催されたものである。
(2)閣僚会合
会議初日には、34ヶ国の代表者による閣僚級会合が開催された。会合冒頭、議長を務めたハンガリーのヤノス・マートニィ外務大臣が、核テロリズムとの戦いについて各国の責任を果たし、その努力を国際的に調整して、ともに立ち向かうことが全ての国に必要であると挨拶した。次いでIAEAの天野事務局長は、核物質又はその他の放射性物質がこれらを悪意のある行為に使用しようとする者の手に渡る脅威は依然としてあることを強調した。また両氏とも核セキュリティ対策の進展が図られているものの自己満足に陥ることなく、世界中の核セキュリティ対策を強化し続けることの必要性と、脅威に油断なく警戒し続けることの必要性を強調した。その後、合計69ヶ国の大臣及びその他の代表者が声明を発表し、日本からは鈴木外務副大臣が日本政府代表として7番目に登壇した。鈴木外務副大臣は、核セキュリティに係る日本のサポートとして、IAEA核セキュリティ基金への拠出、国際核物質防護諮問サービス(IPPAS)ワークショップの2014年3月までの開催の検討、日本原子力研究開発機構核不拡散・核セキュリティ総合支援センターによる各国の能力構築支援を継続、2014年のハーグ核セキュリティ・サミットにおいても、ソウル・サミットと同様に、輸送セキュリティに関して主導的役割を果たしていくとのメッセージを発信した2。閣僚会合の最後には、改正核物質防護条約等の締結や高濃縮ウランの最小化等を各国に求め、また、IAEAがサイバー攻撃に対して各国を支援すること、2014年~2017年の核セキュリティ計画の策定においてIAEAがこの宣言を十分に考慮することを要請する等を含む閣僚宣言3が取りまとめられた。
2外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page3_000286.html
3IAEA http://www-pub.iaea.org/MTCD/Meetings/PDFplus/2013/cn203/cn203MinisterialDeclaration.pdf
(3)本会合
会議2日目以降は、核セキュリティに関連する広範囲な分野を扱う6つのメイン・セッションと、核セキュリティに関連する一連の話題についてより詳細な議論を行う12の技術セッションが開催された。各セッションの標題は以下の通り。
【メイン・セッション】
- 国際的な核セキュリティの枠組みの実施と強化(M3)
- 核物質及び原子力施設の核セキュリティ(M4)
- 放射線源及び関連施設の核セキュリティ(M5)
- 国際協力及び支援及びIAEAの役割(M6)
- 核セキュリティ文化の構築と維持(M7)
- 核物質の不正取引の脅威への取組み(M8)
【技術セッション】
- 情報セキュリティ及びサイバー・セキュリティ(TA2)
- 核セキュリティ体制の強化(TA3及びTB2)
- 放射線源のセキュリティ(TA4)
- 安全とセキュリティのインターフェース(TB5)
- 脅威の特性及び評価(TB3)
- 構造化した能力開発、教育及び訓練(TA5及びTB4)
- 検知及び対応の設計思想(TA6)
- 核鑑識(TA7)
- 原子力施設の核セキュリティ(TB6)
- 主要な公的行事及び新技術に関連する検知及び対応の設計思想(TB7)
核物質管理科学技術推進部(STNM)からは、本会合の技術セッションに篠原、飯田、井上、木村の4名が出席した。
篠原、木村は、核鑑識(TA7)のセッション、飯田は、「核セキュリティ体制の強化(TA3)」のセッション、井上は、「原子力施設における核セキュリティ」のセッションに、それぞれ参加した。この内、篠原が共同議長を務めたTA7については、4で詳細を述べる。
飯田は「核セキュリティ体制の強化(TA3)」に参加し、「福島第一原子力発電所の事故及びINFCIRC/225/Revision 5を反映した改訂規則に基づく原子力機構の物理的防護措置の強化(Enhancement of Physical Protection Measures at JAEA based on the Revised Regulation Reflecting the Accident of Fukushima Daiichi NPP and INFCIRC/225/Revision 5)」と題して、東京電力(株)福島第一原子力発電所事故及びIAEAの核物質防護勧告(INFCIRC/225/Revision 5)を反映して2012年3月に施行された原子炉等規制法に基づく関係省令の規則改正に対応した物理的防護措置の強化の概要について説明するとともに、原子力機構の物理的防護措置の強化の実施内容の概要について説明した。
井上は、「原子力施設の核セキュリティ(TB6)」のパネル討論セッションに7名のパネラーの一人として出席し、「機構の研究炉における高濃縮ウランの縮小」と題して、(1) 研究炉用高濃縮ウラン燃料の核兵器への拡散リスクに関する懸念と濃縮度低減に関するINFCE(1977年〜)での議論を受けたRERTR(試験研究炉燃料の濃縮度低減)計画における各国研究炉関係者による低濃縮ウラン燃料への転換に関する活動、(2) 原子力機構においては、5つの研究炉(JRR-2、3、4、JMTR、JMTRC)燃料の濃縮度低減及び低濃縮化を早期から実施し、米国の「外国研究炉使用済燃料受入プログラム」に従い、原子力機構の返還対象高濃縮ウラン使用済燃料を95%以上返還、(3) 上記活動はGTRI提唱以降、GTRI活動の一環として進められていること、等を紹介した。また、米国DOEのパネラーからも、「民生利用の高濃縮ウラン使用縮小の国際的協力」として、GTRI活動の紹介とともに研究炉燃料の低濃縮化及び高濃縮ウランの返還に関する発表がなされた。他のパネラーからは、「核セキュリティに潜在的に影響する研究炉のユニークな特徴(アルゼンチン)」、「原子力発電所のデコミから解体期間中のセキュリティコンセプト(独)」、「新しい核セキュリティ規制枠組(ハンガリー)」、「実践的対抗部隊訓練の経験(オランダ)」、「核物質防護の経験と優良事例(インドネシア)」、「物理的な核セキュリティの提供面での主な活動(露)」と題して、核セキュリティに関する様々なトピックが紹介された。
(4)核鑑識(TA7)セッションの概要
本セッションの目的は、不正取引された核物質及び放射性物質の起源を特定するために専門家が取り組んできた核鑑識技術の進展を評価することと、国家の核セキュリティ保持に核鑑識が如何に寄与するかを議論することを主眼とした。
口頭発表では、英国のP. Thompsonが核鑑識20年の歴史を総括し、さらに同国のG. Grahamは、指紋やDNAなどを対象とする伝統的鑑識技術を放射性物質で汚染した証拠物件へ適応することや取扱い上の安全的考慮について、英国核兵器研究所の伝統的鑑識分析研究室(Conventional Forensic Analysis Capability laboratory)での事例を通して解説した。
米国のB. GarrettとオーストラリアのD. Hillは、国境地域での核物質や放射性物質の不正取引に対処するためには、国際協力・調和を継続する必要性を説いた。核鑑識国際技術作業グループ(Nuclear Forensics International Technical Working Group: ITWG)は、科学と法規制の架け橋となる核鑑識のための多国間かつ非公式の団体であり、犯罪証拠の収集、サンプル分析、国際トレーニング、核鑑識ライブラリの開発を指導するITWG活動が紹介された。さらに、核テロに対抗するグローバルイニシアティブ(Global Initiative to Combat Nuclear Terrorism: GICNT)の核鑑識作業グループ(Nuclear Forensics Working Group: NFWG)の活動が紹介され、机上演習の実施報告や政策立案者のための情報共有や国内核鑑識ライブラリ開発の重要性を説いた。
欧州委員会/共同研究センターのZ. Vargaは、核鑑識のための年代測定法の開発状況を報告した。親核種-娘核種の原子数比(230Th/234Uなど)を年代決定指標として測定することにより、ウランなどの核物質の精製時期を推定できるが、精製時の娘核種の分離が不完全であると解析結果が不正確になる。この課題を解決するための方策、例えば他の年代決定指標(231Pa/235U)の利用などが紹介された。これらの年代測定法については原子力機構でも開発している。
米国のJ. SchwantesはIAEAが米国エネルギー省(DOE)/国家核安全保障庁(NNSA)と共催で実施した第1回基礎的核鑑識技術に関する国際トレーニング(2012年実施)を報告した。ここではトレーニングの効用として、各国の核鑑識技術能力の向上が望めるが、捜査と刑事訴追の観点から規制当局との協力が不可欠としている。
また、上記の口頭発表に関連したテーマで7件のポスター発表があった。原子力機構の木村は「JAEAにおける核鑑識技術開発状況と将来計画」と題して核鑑識技術の開発状況を紹介した。原子力機構では、国内外の核セキュリティ体制強化に貢献することを目的とし、平成23年度から核鑑識技術開発を実施している。参加者から分析機器や核鑑識ライブラリに関する質問が多数あり、各国が核鑑識技術開発に関心が高いことが窺えた。
さらに「規制当局のための核鑑識」と題するパネル討論では、利害関係者に核鑑識の重要性を認識させ、かつ理解させることの必要性が強調された。パネリストから、核鑑識による分析結果が犯罪審理の過程でどのように受け入れられるかが本質的課題であるとの意見が出された。このためには不正物質が放射能汚染を引き起こさないように分析し、サンプルを完全な状態で保管するとともに、情報を適切に記録・保管することが重要であるとのコメントがあった。しかし汚染した証拠品の保管方法は今後の検討課題である。核鑑識を推進していくためには教育訓練による理解促進と技術能力の保持が基礎となることが、パネル参加者に賛同された。
核鑑識技術セッションの総括として、参加各国は核セキュリティを担保するためにも核鑑識技術を認識して専門家を育成すべきであること、IAEAの指針に従って分析所および核鑑識ライブラリを構築すべきであること、IAEAとINTERPOLが国際協力プログラムを検討すること、2014年10月にIAEA主催による核鑑識国際会議が開催されることが示され、これらの成果は最終日の主セッションで報告された。
およそ20年にわたり国家として核鑑識能力の整備を進めている欧米諸国では、核鑑識の分析技術の確立や実施体制の整備がほとんど完了しているが、核鑑識ライブラリの開発が依然大きな課題として残されている。一方、日本を含むアジア諸国では核鑑識能力の整備が非常に遅れており、上記のITWGの発表などではそういった核鑑識後進国に対して核鑑識能力整備の啓発や国際協力への参画が強く訴えられていた。日本では2010年のワシントン核セキュリティ・サミットを発端として核鑑識技術開発が進められているが、欧米諸国での事例を見ると技術開発では5年程度、実施体制に至っては整備にそれ以上の時間がかかると考えられ、大量かつ多様な核燃料及び燃料サイクル施設を保有する国の責任として、早急に国内核鑑識実施体制の検討を始める必要がある。
(5)本会合の意義及び今後の展望
IAEAとして核セキュリティに関する初の閣僚会合が7月1日に開催され、その後の専門家会合と合わせると、ワシントン及びソウルの核セキュリティ・サミットを大きく上回るIAEA加盟国125カ国及び34の国際機関より総勢1300名以上の閣僚・専門家が参加した。このことは、各国には国際的な核セキュリティへの関心と責任があり、核セキュリティに適切に対応するためには国際協力が不可欠であるという共通認識があることを示している。
閣僚会議及び翌日からの専門家会合では、原子力を推進する国、これから導入する国が実施すべき課題、また、サイバー・セキュリティという観点では、全ての国がこれらの問題に対して議論し、IAEAの役割を再認識し、本件活動におけるIAEAへ更なる要請や関連条約の批准等に向けた各国の努力等について議論し、情報を共有できたことは意義深い。そのような意味で、本会合は2014年のハーグ核セキュリティ・サミットに向けた新たなモメンタムとなるとともに、IAEAの今後の核セキュリティに係る3カ年計画への各国の更なる協力が期待される。