原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

041 スピン使った熱電素子

掲載日:2023年8月29日

先端基礎研究センター スピン−エネルギー科学研究グループ
マネージャー 家田 淳一

東京大学大学院博士課程、東北大学助教を経て、2010年に原子力機構へ。22年から先端基礎研究センターでスピン−エネルギー科学研究グループのマネージャーを務める。15年ドイツマインツ大学客員教授、20年に東北大学客員教授を兼務。専門は物性理論、スピントロニクス。

廃棄物廃熱を回収・活用

放射線に強い

あらゆるエネルギーの中で、最も身近な「熱」と最も便利な「電気」。その二つを結び付けるのが熱電素子である。これまで熱電素子は半導体を使うため放射線に弱かったが、日本原子力研究開発機構では半導体の代わりに、放射線に強い「スピン熱電素子」を利用することで、新しい熱電素子の開発に道を開いた。

熱はいたるところで発生するが、多くは廃熱として環境に捨てられる。とりわけ、原子力発電の使用済み核燃料は放射線と崩壊熱を放出し続けることから、その長期管理が重要な課題となる。

一方、もし、その熱を電気に転換し利用する手だてがあれば、長期間動作する極めて安定な電源として「再資源化」できる。

熱を電気に転換する熱電素子は通常、異なる半導体を接合した構造(熱電対)が用いられる。しかし、半導体は高エネルギーの放射線に弱い。

このため、熱電素子に利用できる放射性同位体は、遮蔽が容易なアルファ粒子のみを放出する核種に限られていた。

スピンに着目

これを克服するため、私たちは電子がもつ磁気の性質「スピン」に着目した。スピントロニクス素子は省エネルギー性に優れるだけでなく、放射線にも強く、小型人工衛星や旅客機にすでに実装されている。

私たちは半導体の代わりに磁性体(磁石)と金属を接合させた「スピン熱電素子」を利用することで、放射線に対する弱点を回避する方法を考案した。

けれども、スピン熱電素子を原子力分野に応用した先行研究がなかったため、私たちは評価方法から検討を始めた。加速器と放射光を用いた解析により高エネルギーの放射線に対する耐性を明らかにし、放射線耐性を持つ熱電素子開発の端緒を開いた。

太陽光の届かない宇宙空間で唯一頼りに出来る電源が、放射性同位体の熱を電力に変えて出力する原子力電池だ。米国の火星探査機にもすでに搭載されている。

選択肢広がる

その熱源となる放射性同位体には一定期間、崩壊熱を出し続けるプルトニウムが使われているが、それにはさまざまな制約があり、確保も難しい。

スピン熱電素子を使えば、熱源としての放射性同位体の選択肢は大きく広がる。今後はさらに研究を積み重ね、放射性廃棄物の廃熱を回収し、安全に活用する新技術へ結びつけたい。