原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

036 放射線源の逆推定手法

掲載日:2023年7月25日

システム計算科学センター
センター長 町田昌彦

日本原子力研究所(現原子力機構)に入所以来、一貫して計算科学技術を活用する原子力の研究開発に従事してきた。専門分野は物質科学、環境科学、情報科学など多岐にわたる。福島原発事故以後は、環境回復や廃炉に係る研究開発に従事。4月より、システム計算科学センター長に就任。

機械学習で高精度化

福島第一原子力発電所(1F)をはじめ、原子炉の廃炉を安全かつ円滑に進めるには、作業者の被ばくを可能な限り低減することが必須だ。そのカギとなるのが、現場における放射線量の分布、そしてその前提となる放射線源の分布の把握である。

これを正確にとらえるために日本原子力研究開発機構は、機械学習技術を用いて、放射線源の分布を見いだすことに成功した。

被ばく量を低減

廃炉現場における作業員の被ばく量を低減するためには、作業空間内の放射線量を精度良く推定し、可視化することが効果的だ。放射線量の分布情報があれば高線量区域を回避したり、高線量区域の遮蔽や除染などの対策を検討したりすることができる。

しかし、放射線量の分布を推定するには、放射線を発出する放射線源の分布を把握することが前提だ。それによって初めて、正確な放射線量を推定することができる。

このため原子力機構では、機械学習技術の一つであるLASSO(Least Absolute Selection and Shrinkage Operation)に注目した。これは取得できる観測情報量が少ない場合でも、対象となる現象の原因を分析できる機械学習手法の一つで、すでにさまざまな場面で用いられている。最近では、遠く離れたブラックホールの形を地球上で得られたわずかな観測情報から再現した例が知られている。

建屋内で研究

私たちはこの手法を用い、複雑で大規模な構造物である原子炉建屋内で、限られた放射線量の観測情報から建屋内の構造物表面に分布すると想定される放射線源を逆推定することに取り組んだ。

最初にこの手法の適用性を調べるため、廃炉対象となっている材料試験炉(JMTR)で、LASSOを用いた放射線源逆推定技術の有効性を調査。その結果、この手法で放射線源を逆推定できることを確認し、有効性を実証した。

さらに私たちは現在、1F内での放射線量の測定結果をもとに、その放射線源の分布を明らかにするための研究開発を進めている。

廃炉に計算科学

また、有効性が確認された機械学習技術の現場適用性の向上や、放射線のシミュレーション技術、そしてその結果の可視化技術の向上を図ることで、廃炉に最先端の計算科学技術の適用を進めていく。

なお、この研究は、経済産業省の令和3年度廃炉・汚染水対策事業の一部として実施された。