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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第54回 物性解明の鍵握る「計算科学」

システム計算科学センター
シミュレーション技術開発室
研究員 永井 佑紀(ながい ゆうき)
掲載日:2019年3月8日

機械学習分野では世界中で新しい技術が次々と登場し刺激的です。技術動向を見極めつつ独自性のある研究開発をしたいと考えています。米国でハマった濃縮還元でないオレンジジュースを探し求めていたが、最近近所に見つけた。北海道出身。

電子の動き把握

原子力分野ではウランなどの重元素や放射性同位体元素が重要な役割を果たし、核燃料をはじめとする材料はこれらの元素から構成されている。原子力分野ではそれらの材料の物性を把握する必要があるが、物性の全てを実験的に求めるには、大がかりな装置と大変な労力が必要となる。

なぜなら、材料の物性を決めるのは、膨大な数の原子核や電子のミクロレベルでの挙動であり、特に電子は互いに影響を強く及ぼし合い、その挙動はとても複雑だからだ。その挙動の全貌に迫る有効な手段として今、計算科学に注目が集まっている。計算科学は実験・理論に次ぐ第三の科学とも呼ばれ、複雑な現象を解明するための必須な研究手段である。

計算科学の応用は原子力分野にとどまらない。例えば超伝導体は低温に冷やすことで電気抵抗がゼロになり、送電線などに使えば膨大な電力の節約が可能となる。しかし、現状では超伝導体を十分な低温に保つ必要がある。

この限界を克服すべく、従来、材料研究者は超伝導が起こる温度を少しずつ上昇させてきたが、更に大きい上昇を望むなら、超伝導を起こす物質内の電子がどのような挙動を示すかを理解する必要がある。その解明の鍵を握るのが計算科学である。

しかし、核燃料でも超伝導でも、物性を正確に計算する際、計算の対象となる電子の数を増やすと計算量は指数関数的に増大するという困難がある。その結果、通常の計算方法では、膨大な数の電子が互いに影響しあって起こる現象を再現するまでには至らない。

つまり、計算科学による物性の解明には、圧倒的な計算機資源を確保するか、計算量を削減する何か画期的アイデアが必要だ。原子力機構・システム計算科学センターはこれまで、そのアイデアを探し求めてきた。

AIの登場

こうした中、私が新たに注目したのが、AI技術だ。機械学習とも呼ばれるこの最先端の知識を得るため、私は米国マサチューセッツ工科大学(MIT)へ留学。機械学習技術が、電子の集団の複雑な挙動の理解に応用されるのを目の当たりにした。そしてMITの研究者と共にこの技術を応用し、計算を単純化する作業を自ら行う機械学習法を考案し、電子集団の計算の大幅な効率化に成功した。その手法は自ら余分な計算をそぎ落とし、複雑な計算を極めて少ない計算量で可能とするモデルを導き出すだけでなく、膨大な計算をした時と殆ど同じ結果を出す。

1万倍高速化

実際、この技術を使うとシミュレーションは従来よりも約1万倍も高速に動いた。この速度は従来のやり方では、一切到達できない。AIはその大きな壁を軽々と乗り越えたのである。システム計算科学センターでは、このAI技術を更に高度に活用する研究に取り組んでいる。その成果は、高温超伝導体や重元素化合物など、電子集団の複雑な挙動が鍵となる物質の量子シミュレーションの抜本的な高速化をもたらし、それらの物性解明につながるかもしれない。