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原子力機構の“いま-これから”
日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中第53回 異分野融合による宇宙線被ばく研究
1秒間に1個
「宇宙線」と聞くと「銀河から来る謎の信号」「太陽から吹き付ける強烈な嵐」など、どこか日常生活とはかけ離れた遠いイメージを持つ方が大半ではなかろうか?しかし、我々は常に銀河から降り注ぐ宇宙線を浴びており、手のひらを広げると1秒間に1個当たるくらいその数は多い。
また、飛行機に搭乗するとその頻度は地上の約100倍まで跳ね上がり,航空機乗務員の宇宙線被ばくによる影響は、国際放射線防護委員会や国際民間航空機関などで盛んに議論されている。宇宙線は我々にとって身近な存在なのである。
このように身近に存在する宇宙線だが、意外にもその正確な被ばく線量は分かっていなかった。宇宙線研究に携わる高エネルギー物理学者と被ばく線量評価に携わる放射線防護学者に接点がほとんどなかったためである。
精密に線量推定
原子力機構では、その両者が同じ敷地内で研究するユニークな環境を活かし、公衆の宇宙線被ばく線量を評価する計算モデルを世界に先駆けて開発した。具体的には、まず、原子力機構が中心となって開発している放射線挙動解析コードPHITS(フィッツ)を用いて宇宙線が大気中で引き起こす核反応などを正確に模擬し、その結果を表現する独自の数学モデルを考案することにより、地表面から航空機高度までさまざまな条件下における宇宙線強度の再現に成功した。
また、同じくPHITSを用いて人体内での宇宙線挙動を解析し、さまざまな種類の宇宙線強度から被ばく線量を推定するデータベースを構築した。そして、それらを組み合わせることにより、全世界の平均宇宙線被ばく線量が、従来、国連科学委員会が単純に推定した値と比べて16%も低いことを突き止めた。
さらに、研究協力の枠組みを宇宙航空研究開発機構、放射線医学総合研究所、情報通信研究機構、国立極地研究所などさまざまな研究機関に拡大し、開発したモデルを宇宙飛行士や航空機乗務員の被ばく線量評価、さらには巨大な太陽フレアや超新星爆発が発生したときの宇宙線による地球への影響解明など多様な分野に応用した。
学術分野のタコツボ化が問題視される昨今、異分野融合研究の必要性が盛んに唱えられている。しかし、実際に異分野の学会で初めて発表すると、大概は批判を受けるか無視されることになる。ただ、そのときに興味を持ってくれる研究者も必ずいるので、その縁を大切にしてしっかり議論する。
そうすると、いつかお互いの研究に接点が見つかり、そこには新しいテーマが無限に拡がるブルーオーシャンがある。一つの研究分野である程度成功するとそこに安住してしまいたくなるが、批判されながらもあえて新しい分野に挑戦する道をこれからも選びたい。