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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第52回 加速器使った現代の錬金術

J-PARCセンター 核変換ディビジョン
ターゲット技術開発セクションリーダー
佐々 敏信(ささ としのぶ)
掲載日:2019年2月22日

1966年生まれのバブル世代. ADSの開発に必要な核破砕ターゲット技術、液体金属取扱技術などが現在の研究課題. 若い頃ストレス発散に走り回った大洗海岸線のドライブを、年相応に優雅に復活すべく画策中。

一生で500ml未満

放射性廃棄物の処理処分は原子力発電の大きな課題だが、原子力発電からの廃棄物は、発生するエネルギーに比べて驚くほど少ない。80歳まで生きる人が生涯使う電力に伴う高レベル放射性廃棄物は、500ミリリットルのペットボトル一本にも満たない。

問題は、発生する放射線が、生物に対して高い毒性を持つことだ。この毒性は時間とともに減るため、地中深くにさまざまなバリアーを設けて埋めることで、地上に住む人々の安全性を確保している。

目安とされる時間は、核燃料の再処理を行う日本の場合で約5000年、使用済み核燃料を直接埋設する北欧や米国の場合は実に10万年だ。今から5000年前は縄文時代、10万年前はネアンデルタール人の時代である。

処分簡略化

遺跡からの出土品の年代測定に利用されるように、放射性物質が減る時間は物質ごとに決まる。つまり、核反応、特に核分裂反応を使って物質そのものを変えてしまえば、この時間を短くできる。これを核変換技術と呼んでいる。さらに、核変換の対象を高レベル放射性廃棄物から分離することで、残渣の処分方法も簡略化し得る。

核分裂反応を十分な数で引き起こすには、大量の中性子が必要になる。茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)では、液体金属の中性子源に陽子ビームを照射して大量の中性子を生み出し、基礎的な物理・化学研究に利用している。原子力機構では、この原理を応用し、中性子源の周囲に有害な放射性物質を配置して核分裂反応により半減期の短い物質に変換する、加速器駆動システム(ADS)の設計研究を30年にわたって行ってきた。

薄膜を操る

ADSには、鉛とビスマスの合金を液体として使用する。陽子を投入した際の中性子発生効率に優れ、低融点で使いやすい反面、金属を腐食させやすく、その対策が不可欠だ。液体金属中に微量の酸素を混合し、構造材料との間に薄い酸化皮膜を形成することで腐食を防止できる。

微量の酸素の検出と投入量の制御を行う技術が、ADSの技術的成立性の鍵を握る。J-PARCセンターの持つ鉛ビスマス試験装置群が、腐食のメカニズムの解明と腐食抑制技術の開発を担っている。

今ある装置群は、加速器とは接続せず、核反応が生じない環境で試験を行っている。核反応が生じる環境では、核反応により生成するさまざまな物質が複雑な事象を引き起こす。

ADSを安全に動かすには、液体金属中で核反応を実際に引き起こし、何が起きるかを目の当たりにする必要がある。今後は、これまで蓄積した技術をもとに、J-PARCの陽子ビームを使って、陽子ビーム照射下での挙動を見る試験施設での試験を目指す。