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原子力機構の“いま-これから”
日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中第51回 「ハドロン」で宇宙を探る
中性子星の中身
前回紹介したミュオンに続き、ハドロンについて紹介する。物質を形作る原子の中心には原子核があり、それは陽子や中性子、中間子から構成される。これらは強い相互作用で結合しているが、そのように強い相互作用を及ぼしあっている粒子をハドロンという。
地球上の物質は陽子と中性子からなる原子核がそのもととなって構成されているが、ひとたび目を宇宙に転ずると、それとは異なるものがある。例えば中性子星は内部のほとんどが中性子だけからなる超高密度の星で、巨大な単体の原子核と言ってもよい。
この中性子星の中身がどうなっているかに近年、大きな注目が集まっている。中性子星の奥深くには「ストレンジネス(奇妙さ)」と呼ばれる独特の性質を持ったハドロンがあり、それが中性子星の超高密度の性質を決めるうえで大きな役割を担っているに違いない、というのである。その奇妙な粒子の代表の一つがK中間子であり、それを作りだすことができるのがJ-PARCのハドロン実験施設である。
奇妙な粒子を作る
茨城県東海村にあるこの実験施設には、世界でも最強度の陽子ビームを発生させることができるMRと呼ばれる加速器がある。このMRで発生したビームを金の標的にあてることで、ストレンジネスを持ったK中間子を大量に作りだすことができる。大量に作り出したK中間子の崩壊の様子を詳細に調べて、宇宙はなぜ物質ばかりで反物質がほとんどないのかの謎に迫る実験が進んでいる。
また、このK中間子は原子核内の陽子や中性子と反応することによって、原子核の中にストレンジネスを持った粒子が存在するという状態を作り出すことができる。このストレンジネスを持った粒子が陽子や中性子と及ぼしあう力や、また、K中間子と陽子との間に働く力を調べて、中性子星の内部構造に迫ろうとしている。
ハドロン実験施設では、ストレンジネスを持たないπ(パイ)中間子も大量に発生させることができる。π中間子が壊れてできるμ(ミュー)粒子の性質を調べることによって、物質と反物質の謎を探る研究も行われようとしている。
若い力に期待
大学共同利用機関の一部であるハドロン実験施設の職員は、国内外の大学や研究機関から訪れる共同利用者の皆さんと協力して研究を担っている。実験装置の大きさは縦横高さがそれぞれ数メートルほどで、それらのほとんどは研究者自身が苦労して設計し、開発したものである。
施設では多くの大学院生が研究を行っており、彼らは年間何百日もJ-PARCに滞在して、実験装置の準備や実験に携わる場合が少なくない。私自身も、かつてそのようにして学位を取って研究の道に進んだ。
多くの若い研究者が熱意をもってハドロン実験施設での研究を進めており、クオークの挙動というミクロの世界から、宇宙の謎に迫るというマクロの世界までを視野に入れた研究を進めている。素晴らしい成果が得られることが楽しみである。