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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第50回 世界を「透視する」

高エネルギー加速器研究機構(KEK) J-PARCセンター
ミュオンセクションリーダー
門野 良典(かどの りょうすけ)
掲載日:2019年2月8日

J-PARCの大強度ミュオンビームを中心に、中性子など他の量子ビームも活用し、磁性や超伝導の発現機構、さらには水素の軽い同位体としての物質中でのミュオンのふるまいを原子レベルで解明すべく、日夜研究にいそしんでいます。子どもの頃に触れた鉱石ラジオがきっかけで、高校時代はアマチュア無線に没頭。これが実験物理学への入り口となって今の仕事にもつながっていると感じています。

不思議な性質

素粒子の一つ、ミュオンは不思議な性質をもつ。スピンと呼ばれる性質がそれで、原子レベルでのごく小さな棒磁石のようなふるまいをするのだ。このミュオンのビームを物質に照射すると、透過力が極めて高いミュオンの一部は物質の奥まで到達して原子と原子の間で止まり、そこでの磁場を感じて磁石の向きを変える。その瞬間に、磁石が向いている方向に陽電子を放出するのである。

この陽電子の方向の分布を調べることで物質内部の磁場を、ひいてはその物質が示す性質の起源を解明しようとする装置が、茨城県東海村にある。大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設にあるビームラインがそれで、世界最強のミュオンビームを作りだすことができる。このミュオンを使うことで、例えば超伝導体や磁性体といった材料中の主役である電子のミクロな振る舞いを捉えることができる。

極限まで分析

そんなミュオンを使って今、黄鉄鉱の分析が進められている。黄鉄鉱は「鉱石ラジオ」の整流器にも使われている、いわばありふれた天然鉱石だ。鉄の硫化物である黄鉄鉱は、金色の光沢のゆえによく黄金と間違われ、「愚か者の金」とも呼ばれるが、実は太陽電池材料として優れた可能性をひめている。ところが、いざ半導体として使おうとすると、なぜかその電気的な性質を思うように制御できないのだ。

半導体の電気的性質は、極微量の不純物に敏感である。このためシリコンや窒化ガリウム、酸化物半導体材料では極限まで高純度化が行われたが、それでも予想外の電気特性が起きた。そこではppmレベル以下の水素が重要な役割を演じていることがわかっていたが、水素は最も検出しにくい不純物であるために、このような微量の水素を検出することはおろか、それが原子レベルでどのように振舞っているかを見る手段がなかった。

新材料を開く

このため私たちは、前述の装置で水素の軽い放射性同位体(擬水素)であるミュオンを黄鉄鉱に注入したところ、擬水素ミュオンが黄鉄鉱の電気的性質を大きく左右しているらしいことがわかった。これらの研究によって水素の挙動がさらに明らかになれば、不純物としての水素の制御につながる。そうすれば黄鉄鉱も「夢の材料」になる日が来るかもしれない。

J-PARCの物質・生命科学実験施設では2017年から2台目のミュオン実験装置ARTEMISを本格稼働させ、供用の機会を大幅に拡大した。この装置は物質が示す性質の謎を解明することで、世の中に役立つさまざまな新材料を生み出す可能性をもつ。世界を「透視」することで、まさに世界を「変える」可能性をひめるのだ。