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原子力機構の“いま-これから”
日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中第49回 中性子でタンパク質の構造解明
まるで宝石
人の体を作る物質は約60%が水で、残りの半分程度がタンパク質であることをご存じの方は多いのではないだろうか。しかし、このたんぱく質を宝石のような「透明な単結晶」にして、大強度陽子加速器施設(J-PARC)にある物質・生命科学実験施設(MLF)の巨大な中性子線施設を用いて調べていることは、ほとんど知られていない。
炭素、窒素、酸素などでできたたんぱく質の分子は、特定の条件下で“単結晶”にできる。それを成長させて中性子を照射することにより、たんぱく質の構造をひもとこうとしているのである。これによって難病治療のための新薬の開発や、バイオマスからバイオ燃料やバイオプラスチックを製造するための新しい酵素の発見につながることが期待されている。
世界最速
茨城県中性子ビームラインBL03「iBIX」は、そのようなたんぱく質構造解析のために茨城県がMLF内に設置し、茨城大学との連携により運用しているパルス中性子回折装置である。J-PARCの世界最高強度のパルス中性子ビームを一秒間に25回、たんぱく質の単結晶に照射する。それによってさまざまな方向に弾かれた中性子を、結晶を取り囲むように配置された高感度検出器34台がゴールキーパーのように逃さず捕まえて、分子構造の情報を収集する。
この世界最高クラスの中性子ストライカーとキーパーの組み合わせによって、たんぱく質内の水素の配置が見えてくる。現在、約10万分の1ミリメートルもある巨大格子のたんぱく質結晶を、世界最速の1週間以内という時間で測定できるようになってきている。
分子を構成する水素原子やプロトン(水素イオン)の位置を解析することで、酵素が働く仕組みや薬剤がどのようにたんぱく質に付くのかがわかる。
産業界も注目
例えば、バイオ燃料の生産や洗濯用洗剤に使われているセルロース分解酵素(セルラーゼ)がセルロースを切断する際には、酸性アミノ酸が水からプロトンを受け取り、セルロースを分解する役目を果たしている。しかし、ある種のきのこがつくるセルラーゼ(PcCel45A)では、酸性アミノ酸ではなく中性のアスパラギンを利用していることが分かっていたが、どうやって分解するかは分かっていなかった。
そこで、東京大学の五十嵐准教授らは、このPcCe145Aの単結晶を作ってiBIXで測定した。すると、通常(アミド型)のアスパラギンとは異なり、酸素原子にプロトンが付いて、窒素原子に二つあるはずのプロトンの一つがない「イミド酸型」になることで、水からプロトンを受け取る能力を高めていることが分かった。バイオ燃料の生産に使用されているセルラーゼによって得られるグルコースは、マイクロプラスチックにならない生分解性プラスチックを作るためにも利用できるため、広く産業界からも注目を集めている。
このようにiBIXによるたんぱく質の構造解析は、医薬品や食品のようなバイオ分野だけでなくさまざまな産業分野での利用が期待されている。