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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第48回 中性子で産業の将来を拓く

茨城県産業戦略部技監(中性子研究支援)
富田 俊郎(とみだ としろう)
掲載日:2019年1月25日

鉄鋼会社で磁性鋼板、自動車用薄板の研究を行った後、2016年より現職。J-PARCの茨城県中性子ビームラインをより良い、より使い易い産業利用ビームラインとすることを目標に活動するとともに、今なお金属・鉄鋼材料の集合組織等の組織解析・制御の研究を行っている。

EUに10年先行

中性子の産業利用と聞くと、何を思い浮かべるだろうか?多くの方は何かに照射して、性質の異なるものを作り出すようなことを想像されるのではないだろうか?けれどもこの中性子はX線と同じように、「物」を透視したり、原子、 分子や結晶の構造を調べたりすることができる。この「物」を分析する力を利用して産業の将来を拓こうとするのが、J-PARC MLF(大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設)を活用した茨城県中性子ビームラインBL20「iMATERIA」である。

茨城県は茨城大学の協力を得て、世界最高強度のパルス中性子線を発生させることができるMLFに中性子ビームラインを設置。産業利用を目指して、2008年に供用を開始した。この取り組みを、ヨーロッパの専門家は「ヨーロッパの10年先を行く」と評した。先行どころか10年以上後発なのに、何がそう言わせたのか?

実はMLFの産業利用率は25%以上もあり、世界中を見渡しても、これほど高い産業利用率を誇る中性子線施設は他にはない。その高い産業利用率を支えているのが、茨城県中性子ビームラインBL20「iMATERIA」の存在である。

2017年度までの利用数は、J-PARC全体の何と61%の376件。産業利用に重きを置いた装置の高度化と利用者支援、技術講習会、研究会、報告会の開催による啓発活動など地道な努力の結果と言える。

次世代をけん引

「iMATERIA」における産業利用の約46%は、リチウムイオン電池関連の利用である。電気自動車をめぐっては各メーカーがしのぎを削っており、鍵を握っているのが次世代型の電池だ。その構造解析はまさに、核心技術となっている。

電気を帯びていない中性子は材料への透過力が高く、X 線や電子線より簡単に、リチウムの構造解析をすることができる。最近では、東京工業大学とトヨタ自動車、高エネルギー加速器研究機構のチームにより、高い安全性と高容量化が期待でき、将来の電気自動車やハイブリッド車への搭載が見込まれる全固体セラミックス電池の開発にも利用された。産業利用の約4割は実験成果の公開が義務付けられない「成果専有型」であることも、産業界での茨城県中性子ビームラインの有用性を物語っている。

このほか鉄鋼材料の分野では、自動車の軽量化に欠かせない高強度鋼板の製造プロセスを再現しながら、その工程で鉄鋼材料に生じる微妙な構造変化をつぶさにとらえる技術を開発している。高分子材料の分野では超低温で生じる現象を利用して、ゴムやゲルの架橋構造を浮かび上がらせる技術を産業利用として初めて利用することも計画している。

守備範囲拡大

中性子の産業利用をはじめて10年の節目を迎え、茨城県中性子ビームラインBL20「iMATERIA」は、その守備範囲をますます広げ、わが国の産業の未来を拓く技術開発に貢献できるよう日々進化を続けている。