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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第47回 原子核にひそむ未知の世界を探る

J-PARCセンター 中性子源セクションリーダー
羽賀 勝洋(はが かつひろ)
掲載日:2019年1月18日

中性子ビームを用いた実験は、物質科学や生命科学の先進的な研究を行う上で非常に有効な手段であり、米国、EU諸国、中国など世界中の主要な国々が、高出力かつ高性能の中性子源の開発に凌ぎを削っている。J-PARCの中性子源が常に世界のトップランナーであり続けるために、今後も性能向上を図るべく、研究・開発を続けて行きたい。

医療・工業に貢献

加速器を使って陽子を光速近くまで加速し、それを水銀などの標的に衝突させると、その際のエネルギーで標的の原子核が砕け散り、中性子や中間子などの粒子が放出される。これが核破砕反応である。この粒子を利用すると原子や原子核の世界で物質の性質を調べる研究が可能になり、その成果は医療用や工業用など広い分野で応用されている。

この研究が実際に行われているのがJ-PARC物質・生命科学実験施設だ。ここでは大強度の核破砕反応を使って、研究に利用する粒子の数を世界最高レベルまで上げることを目指している。

しかし、ここで問題となるのが、衝突時の衝撃だ。大強度の陽子が水銀に衝突すると水銀は一瞬にして熱膨張し、その際に最大400気圧もの圧力波が発生する。これが水銀を収める金属容器を壊してしまう。その衝撃力をいかに弱めるかが、重要な課題の一つであった。

その解決策として、ヘリウムガスをごく小さな泡(マイクロバブル)にして、それを水銀に混ぜてクッションのように衝撃力を低減するアイデアが従来から提案されていた。しかし、どんな大きさのバブルをどの程度混合すればよいのか、水銀標的中にそのような装置を搭載できるのかなど、様々な技術課題が横たわっていた。

半径100マイクロメートル以下

これらの課題を解決するため、まずは計算モデルを構築して最適なバブルの大きさを計算し、半径100マイクロメートル以下のバブルが効果的であることを突き止めた。しかし、そのバブルをどうやって作るかで、私たちは壁にぶつかる。その時に筑波大学の京藤教授が開発されていたマイクロバブル生成器(バブラー)から、大きなヒントを得た。

これは霞ケ浦の水質を浄化するために開発されたもので、大きな泡に急激な圧力変化を加えて粉々に砕くことで、マイクロバブルを大量に生成するもの。この技術を水銀標的に応用し、実験や計算を繰り返して改良を重ね、ようやく水銀標的の設計が完成した。この技術は米国オークリッジ国立研究所でも、導入する計画が進められている。

実機制作

次の課題は、この設計で実機を製作することだった。水銀標的の金属容器は四重壁の薄肉多層構造をもつ。それらの壁の間には数ミリメートルの隙間を確保しなければならない。この難しい溶接と多層組み上げを可能にしたのは、日本企業のもつ高精度の製作・加工技術だった。

マイクロバブル注入システムは発展途上の段階にあり、その能力を最大限に発揮できるようになれば、衝撃力の低減効果を更に高めることができる。これにより、J-PARCの中性子源の高出力化を大きく前進させ、物質科学、生命科学の分野で世界をリードする革新的な成果の創出に貢献できると考えている。