原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第42回 安全研究って何?

安全研究・防災支援部門 安全研究センター長
中村 武彦(なかむら たけひこ)
掲載日:2018年12月7日

下関生まれだが、ほとんど遠賀川近辺で育ったので福岡県出身としている。
専門は原子力工学、主に燃料の研究を進めてきた。昔はヨット、カヌー、テニス、・・・。スポーツマンのつもりだったが、最近の趣味は園芸とか陶芸、しっかり緑のおじさん化している。

喉元過ぎれば…

「安全研究って、より安全な原子炉を開発する研究?」ーーよく聞かれる言葉だ。けれども私たちが安全研究センターで進めているのは、むしろ、原子力を使い続けていく際の危険性を明らかにして、影響を抑えるための技術・能力を磨くためのトレーニングのような研究である。

チェルノブイリ事故の記憶が薄れたひと昔前まで、こんな言葉をよく耳にした。「原子力は成熟した技術だから、安全研究はもう必要ないだろう」と。

私たちはふだん、いろんな失敗で痛い目にあう経験を重ねて、大けがをしないよう気をつける。社会への影響が大きい原子力の世界では、そうはいかない。安全研究で事故を模擬した実験を行うことは、危険を実感するためでもある。

その意味で、安全研究は専門家が研究をして、成果を公開し基準に反映すればいいというものではない。実際のプラントに係る人も研究に触れ、事故を理解して怖さを実感することが必要だ。言い換えれば、安全研究はそうした怖さを知る人を育てる場でもある。

“総合力”

とはいえ、実際の原子炉で事故を起こすわけにはいかない。原子炉の冷却失敗や燃料の破損など、事故の一部分を模擬した実験を行って、計算によるシミュレーションと組み合せて事故の様子やその影響を把握する。

私は、原子炉の出力暴走や冷却材が失われたときに燃料がどう壊れ、どんな放射性物質がどの程度出てくるかを知るための研究に30年以上関わってきた。この研究では、実験用の原子炉NSRRで安全に出力暴走を起こす工夫や燃料が壊れる際の衝撃に耐えて、多量の放射性物質を閉じ込める装置の開発が必要になる。

また、実験中の燃料の様子を詳しく把握するためには特殊な観察装置も必要だ。こうした研究のための装置を開発し使いこなす技術は、一朝一夕にはできない。また、研究対象となる燃料はさまざまな方法で製造され使用履歴も異なるので、これらの違いによる影響もきちんと見分ける必要がある。

安全研究では、こうした多様な現実をきちんと考慮し、特定の分野の枠を超えて事故全体を評価できる高い総合力が必要である。

事故対応に重点

質の高い研究を進めるためにも先ほどの総合力が必要だが、安全を守る(原子力利用のリスクを十分小さく保つ)ためには、大きな弱点を作らないバランスの良さも必要だ。

当センターではこれまで、原子炉の冷却、核燃料・材料、臨界、放射性物質など、主に原子力特有の現象に重点を置いて研究を進めてきた。

しかし、福島第一原子力発電所の事故により、設計条件を超える地震や津波などの外部事象に対するプラントの脆弱性や、環境に大きな影響を及ぼす事故が起きてしまった場合の緊急時対応の弱点が明らかになった。このため、当センターでは外部事象などにより想定を超えた条件で何が起きるのかを現実的に評価して、原子力プラント内のみならず敷地周辺でも実効的な事故対応をするための研究を重点的に進めていく。

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