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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第40回 ラドン温泉の効能を科学する

核燃料・バックエンド研究開発部門 人形峠環境技術センター
安全管理課
研究副主幹 迫田 晃弘(さこだ あきひろ)
掲載日:2018年11月23日

放射性希ガスのラドンの分析は特殊で難しいこともあるが、人形峠環境技術センターには長年の経験や実績がある。ラドン研究には国内外で長い歴史があるが、未到の課題や技術進歩に伴って生じる新たなテーマもある。今後は、データサイエンスなど技術発展が目覚ましい分野にも注目しながら、人形峠独自の環境放射能研究を切り拓き追求していきたい。

ウランのふる里

放射性希ガスのラドンは常に私たちの身の回りに存在する。このため、環境放射能分野で重要な核種のひとつに位置付けられ、被ばく影響に限らず物質輸送のトレーサー利用など多様な観点から研究されてきた。

人形峠環境技術センターでは、ウラン鉱山施設や周辺地域におけるラドンの環境影響評価に関する研究を進めてきた。特に、大気中のラドンの測定では国内初の標準校正用設備を開発するなど、測定手法の標準化に向けた研究を先駆的に実施してきた。

ラドンは温泉中にも豊富に含まれる場合があり、人形峠の近くにある三朝温泉は有名で、さまざまな疾患に効能があることが経験的に知られてきた。近年、私たちは、この効能の観点から、ラドン吸入が及ぼす生体影響の理解にも取り組んでいる。

基礎生物や臨床医学で豊富な研究実績をもつ岡山大学と共同で、肝障害や糖尿病などの疾患をもつモデルマウスにラドンを吸わせて、諸臓器での生体応答を調べている。また、私たちは、温泉中のラドンが皮膚を通じて体内に取り込まれることを明らかにしており、その機構についても合わせて試験を進めている。

動物実験

当センターの主な担当は、ラドンの体内分布と各臓器の線量評価であり、私たちがこれまで培ってきたラドンの測定・制御・挙動評価の技術を大いに活用している。しかし、臓器や血液を初めて扱うこと、ラドンの希ガスという特徴ゆえにひとつの場所に留まりにくいことから、生体サンプルの調製には苦慮した。

本研究は生命の犠牲を通じて行われるもので、安易に実験を繰り返すことは許されず、毎回が真剣勝負であった。データは最初バラつきながらも、次第に収束値が現れ始めた。その結果、ラドンは脂肪組織への蓄積(溶解度)が他の臓器に比べ10倍以上と非常に高く、その他の臓器間ではそれほど大きな違いはないことがわかった。

また、各臓器の溶解度データは、ラドンの体内での動きを表現する数理モデルの解析精度の向上にもつながった。現在は、これらの結果を用いたより確からしい線量評価、および生体応答の解析評価を試みている最中である。

人体への効果

このような研究をしているので、「ラドン温泉はからだに良いの?」と尋ねられることがある。研究者としては「血液や臓器に含まれるさまざまな物質の分析結果を総合的に解釈して、生体効果を議論する」ため、「良い/悪い」の二択で答えるのは苦しいのが正直なところ。そもそも「からだに良い」を定義するのも簡単ではない。

しかし、一般の方々にこの思考を強いることはできないので、そのギャップを埋める第一歩として、昨今注目を浴びる人工知能の基礎となる機械学習(人間が自然に身につける学習能力をコンピュータ上で機能させようとする技術)の手法を用いた高次元データの可視化に挑むことで、ラドン温泉の効果をイメージしやすくするための手がかりを得ようとしている。