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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第36回 深い地下の水中で微粒子はどう動いているか

幌延深地層研究センター
堆積岩地質環境研究グループリーダー
笹本 広(ささもと ひろし)
掲載日:2018年10月26日

我が国における深部地下水中のコロイド特性に関する研究例は少ない。幌延の地下水を一例に、地層処分の観点でのコロイドの調査・評価例を示すと共に、将来の処分事業や規制にも役立つような知見やノウハウを蓄積してゆきたい。

安全性評価重要

地表から数百メートル下の地下水は、どのように動いているのか。これを調べているのが、北海道幌延町にある原子力機構の幌延深地層研究センターである。ここでは地下140~350メートルに調査坑道を掘り、堆積岩の中に含まれる塩水系地下水の挙動などの地下環境の調査を進めている。ここでの知見を高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に生かすのが、この調査のねらいである。

高レベル放射性廃棄物を地下深くに埋めて処分する際には、その安全性を十分に評価する必要がある。そのために私たちは、深い地下の水がどのように動くかについて注目。高レベル放射性廃棄物は厳重に管理されて保管されるものの、長い期間の間には核種が漏れ出してしまう可能性が大きい。そのため、核種が地下水に触れた場合を想定し、シミュレーションする。

コロイド把握

核種が地下水と触れると、水中のコロイドと呼ばれる微粒子と結合することが知られている。しかし、その正確な挙動については知られていなかった。これまでの透過型電子顕微鏡(TEM)で観察する手法では、前処理過程や観察時の高真空状態によりコロイドの凝集が生じ、その正確な様子をつかめなかったためだ。このため私たちは、ナノ領域での結晶核生成の解明に取り組んでいる北海道大学低温科学研究所の木村勇気准教授に協力頂き、TEMによる「その場観察セル」(図)を用いて幌延の地下水中のコロイドを直接、観察する手法を採用した。

「その場観察セル」の大きさは、2 ミリメートル×2 ミリメートルで厚さは僅か0.3 ミリメートル。このチップの間に0.5マイクロ~1マイクロリットルの水を滴下させる。肉眼では作業ができないため、実体顕微鏡の画像をモニターに映しながら行う。ため息を吐くと飛んでしまうので、息を潜めつつ、職人芸のような細かい作業が続いた。

また、溶液の量が1マイクロリットル程度とわずかであるため、その中に含まれるコロイドを観察しようとしても、粒子数が少なくTEMの視野内に粒子を捉えられない。そんな困難のために観察は、失敗の連続だった。

観察に成功

幾度かの失敗後、セルへの封入前の溶液調整のやり方などを工夫し、粒子濃度を高めることができた。これにより、私たちは「その場観察セル」で観察することに成功。コロイドは水中で単一の粒子として分散しているのではなく、多面体や球形の粒子が網目状に連なる形をしていることが多いこと、そのコロイドが分散している集合体に取り込まれ、凝集していく様子が観察された。

地下水中のコロイドが凝集し沈殿すれば、核種がコロイドに結合しても地層中に保持される。このため核種移行は助長されず、地層処分の安全性にも影響を与えないことが示唆された。

今後は、さまざまな水溶液中でのコロイドの挙動についても分析し、地層処分におけるコロイドの影響に関する知見やデータを拡充し、より信頼のおける安全評価に反映していく。