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原子力機構の“いま-これから”
日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中第34回 ニュートリノ解明にまい進
T2K実験
この世の物質は何からできているのか。この根源的な問いに迫る素粒子物理学の一翼を担う実験が、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)で行われている。現在の物質が生成されたメカニズムを解明するカギと考えられているニュートリノの性質を調べるT2K実験(東海ー神岡間長基線ニュートリノ振動実験)がそれである。
ニュートリノは地球すらやすやすと貫通するほどの極小の素粒子で、3つの種類がある。このT2K実験が観測しようとしているニュートリノ振動は、3種類のうちの一つであるニュートリノが約300キロメートルの長距離を飛行すると、別の種類に変わってしまう現象をいう。ミクロの世界を記述する量子力学に起因する効果が、いくつかの県をまたぐ距離でやっと出現するという、まれに見る現象だ。
神岡へ出射
T2K実験では、岐阜県飛騨市神岡町にある東京大学宇宙線研究所の世界最大のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」にめがけて、J-PARCのニュートリノ実験施設で生成した人工のニュートリノを出射する。この実験では、いかに大量の人工ニュートリノを生成して約300キロメートル先まで届けられるかが肝となる。
人工ニュートリノビームは、陽子ビームを黒鉛標的に衝突させてできるパイ中間子を強力な電磁石で集め、そのパイ中間子を神岡方向へ飛行させながら崩壊させることで生成される。J-PARCのシンクロトロン(円形加速器)は、一度に加速する陽子の数では世界最高を誇る。一方でニュートリノ生成装置の中の黒鉛標的は、その強力な陽子ビームの直接照射にさらさせるため、それに耐える強度が必要だ。
T2K実験は、12カ国からの約500人の研究者からなる国際共同研究チームで行われているが、私自身は世界最高強度の陽子ビームに耐える黒鉛標的の設計、製作、運用とともに、世界最高強度の陽子ビームを正確に標的に照射させる軌道調整も担当した。J-PARCの加速器の性能が向上するたびに、「どんな盾も突き通す矛」で「どんな矛も防ぐ盾」を突いたらどうなるのか?という実験をしているような変なワクワク感を抱いている。
米と熾烈な競争
T2K実験は、ニュートリノ振動実験において米国フェルミ国立加速器研究所の「NOvA実験」と熾烈な競争をしている。また日米ともに次世代実験「ハイパーカミオカンデ実験」、「DUNE実験」の実現に向けて準備中である。それぞれ新発見を目指して競争しつつも、日米の実験を組み合わせた相乗効果により初めて明らかになる新発見も期待されている。
そのためには、まれにしか起こらないニュートリノの反応をより多く捉えるために、ニュートリノビームの増強と検出器の高度化・大型化が不可欠である。有名なネコとネズミの物語のようにお互いに技術協力しつつ先陣を争う、相補的で健全な競争関係のもとで国際的に基礎科学研究が進展するフィールドの一翼をJ-PARCが担っている。