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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第33回 衝撃に強いTRIP鋼の謎を解明

J-PARCセンター 中性子利用セクション 研究主幹
ステファヌス・ハルヨ
掲載日:2018年10月5日

大学時代(約20年前)に鉄鋼材料と材料強度学に出会い、中性子回折法を一つのプローブとしてストレス測定に関する研究にまい進した。「匠」と違って当時の中性子強度は弱いため、解析に使えるデータを得るには時間を要し、また、データの再現性も良くなかった。当時の中性子を辛抱強く信じた理由はいまだに謎だが、現在は中性子を幅広い研究に使えるようになってきたので報われた。インドネシア出身。

なぜ強靭?

大きな衝撃を受けても、それを吸収できる強靭さとしなやかさをもっているのがTRIP鋼だ。

その秘密は、この鋼材に外から力が加わると内部の結晶構造が変わることにある。この特性をいかしてTRIP鋼はすでに、自動車などさまざまな構造部材に使われている。しかし、この鋼材がなぜ、このような特性をもつのかは謎のままだった。

これを調べるためにJ-PARC中性子利用セクションの研究グループは、中性子回折を行う装置を使ってTRIP鋼に強い力を加えた際の様子を測定。その結果、衝撃時には鋼板内の結晶構造が変化して強い強度をもつ「マルテンサイト」と呼ばれるものが内部に新たに生まれる変化を、世界で初めて突き止めた。

TRIP鋼の正式名称はTransformation Induced Plasticityで、外から力が加わった時に構造が変化する意味をもち、専門用語では「相変態」という。けれどもこの相変態は原子配列の変化によるもののため、そのメカニズムの解明は難しかった。

実験的に証明

このため研究グループは、透過能力が大きく回折で原子配列を見るため、試験片の平均的な結晶構造や内部組織が受ける力(ストレス)測定に応用できる中性子に着目。さらにJ-PARCにある高性能工学材料用中性子回折実験装置「匠」を用いて、試験片を引っ張りながら連続して中性子回折実験ができる手法を開発した。この方法で測定したところ、TRIP鋼に含まれる「残留オーステナイト」の結晶構造が変化して「マルテンサイト」と呼ばれる物質が生じ、それが強度を高めていることを実験的に証明した。

この解明に大きな役割を果たした「匠」は、原子力材料などの安全や寿命評価などの判定基準の一つである内部ストレス状態を非破壊で測定するために、原子力機構が整備したもの。分解能が高く、その水準は世界最高を誇る。国際熱核融合実験炉(ITER)に欠かせない超伝導導体内のストレス測定に成功し、開発段階での性能試験における超伝導特性劣化原因を解明し、改良方法に役立てられた実績をもつ。

環境負担軽減

中性子や「匠」を使った材料や部品内部のストレス測定は、原子力材料だけでなくさまざまな工学材料研究にも広く応用できる。TRIP鋼で起きている現象の理解が深まれば、それを基に数値計算の高度化も可能になり、より優れた特性を持つTRIP鋼板の実現も可能となる。これにより衝突安全性の向上だけでなく自動車の軽量化につながり環境への負担軽減に貢献できる。

研究グループでは今後、高温環境での加工や熱処理中の過程で金属材料を加工・熱処理しながら中性子回折測定を行い、可視化し高い強度と延性をもつ材料組織制御に資するための基礎知識の構築をめざす。