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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第32回 物質中の乱れを解明する

J-PARCセンター 中性子利用セクション サブリーダー
川北 至信(かわきた ゆきのぶ)
掲載日:2018年9月28日

J-PARCが生み出す大強度の中性子ビームと最新鋭の中性子実験装置群は物質・生命科学の研究を一変させようとしています。サイエンスグループは、それらを最大限活用した新しい研究手法を開拓して利用者に広めていく先導研究を行っています。装置作りの先にある夢の実現に向けて歩み続けて行きます。

悪印象一転

乱れ、不規則性、複雑性ー。どれも悪い印象の言葉と感じられるだろう。しかし近年その「乱れ」に注目が集まっている。「乱れ」の中には、私たちにとって有用な物質の機能性に関わるものがある。この「乱れ」を適切に観測し解明するために、私たちはJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の中に研究グループを立ち上げた。「不規則性物質研究サイエンスグループ」と名づけられたこのグループでは、液体やガラスで用いられてきた研究手法を、結晶性の物質に適用。MLFの中性子実験装置群を利用して原子や分子の乱れを運動として観測し、それが機能とどう関わっているか、さらにはそこから物質設計の指針を得た上で、より高機能な物質を発見することをめざした。そして最近、この取り組みが成果を生み出した。シリコンを使わない太陽電池の設計に道筋を付けた研究がそれである。

今の太陽電池の多くには、シリコンなどでできた半導体が使われている。しかし、シリコンを作るのにはかなりの電力を必要とする。その性能向上も限界に近い。このため近年では、ペロブスカイト半導体と呼ばれる有機系物質が、次世代太陽電池の素材として期待されている。とても安く大量生産できる可能性を秘めているほかに、高い変換効率をもつからだ。しかしなぜ、この物質の構造が光電変換に有利で、高い変換効率をもつのかは謎だった。

独特の構造

これを解明するために研究グループでは、メチルアンモニウムヨウ化鉛(MAPbI3)という物質に着目した。この物質は、ヨウ化鉛が作る無機骨格のポケットの中に、メチルアンモニウムの有機分子がはまり込むという独特の構造をもっている。

これをMLFのAMATERAS分光器とDNA分光器という装置を用いて、物質中を伝わる原子の集団的な振動状態や分子の回転運動を観測。その結果、有機分子の炭素と窒素が正負の電荷をもったバトンをもとに形成している電気双極子が、若干練習不足のバトントワリングのように、それぞれ勝手な方向に向きながら、ジャンプ回転していることがわかった。

高効率エネ変換

ヨウ化鉛が作る無機骨格は、秩序だった集団振動を本来持っており、それが熱として伝わるのだが、バトンの乱れた動きが、秩序をかき乱して、集団振動自体を抑え込んでしまう。その結果、この物質は熱が伝導しにくいことがわかった。

太陽電池は光を吸収して、電子と正孔(電子が抜けた穴、正の電荷を持った粒子とも考えられる)という電荷の運び手を生成し電気エネルギーに変換するものである。ペロブスカイト半導体は、電荷の運び手が超長寿命であるおかげでエネルギー変換効率が極めて高い。このメカニズムに、電荷の運び手が消滅する際に発生するはずの熱の受け手がないことが関係している。有機分子の回転という、まさに秩序の「乱れ」こそが、次世代の太陽電池の実用化に道筋をつけようとしている。