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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第31回 中性子で地球内部の水を探る

J-PARCセンター 中性子利用セクション研究主幹
服部 高典(はっとり たかのり)
掲載日:2018年9月21日

加速器は、ビームを使ってユーザーが実験を行い、そこで成果が出てこそ評価されるもの。ビームをスケジュール通りに供給するため、保守作業も万全を期している。チームワークがひときわ大事な装置である。

海水の5000倍

「水の惑星」地球は太陽系の中で唯一、海が存在する惑星である。水は、地球の気候を温暖にし、我々が生命活動をするのに適した環境を整えてくれる。一方、余り知られていないが地球内部にも海水の5000倍にも匹敵する水が存在し、それらが地球内部の物質循環や海洋の維持に大きな役割を果たしている。

この水がどこに、どのような形で貯蔵され、どのように地球の活動に関わっているか解明するために作られたのが、大強度陽子加速器施設J-PARCの高圧中性子ビームラインPLANETである。

希望の光

地球内部は高温高圧状態になっており、水はさまざまな形で鉱物に取り込まれている。そんな極限環境での鉱物の状態を調べるためには、地球内部の高温高圧条件を地上に作りだし、中性子実験を行う必要がある。それを行うのに、重量30トンにもなる大型の高圧プレスで試料を加圧する必要があるが、実際に使用できる試料は大変小さく、ビーム強度の小さかった従来の施設では実験が困難であった。

この問題を克服できる大強度中性子施設がJ-PARCに作られ、高温高圧下の中性子実験が現実的なものとなってきた。そこで我々は力を合わせ、予算の獲得、ビームライン建設許可を取り付け、5年の歳月をかけて世界初となる高温高圧中性子ビームラインPLANETを建設した。

このようなビームラインは前例がなく、その建設は暗中模索であった。設計をしていくと、従来の大型プレスは中性子実験とはマッチしないことが判明。急きょ、世界でまだ2例しかなかった新しい加圧方式を検討し、導入するという賭けに出た。無事、賭けに勝つことができ、現在は10万気圧2000度Cという、地球の上部マントルの底に相当する条件での中性子実験が実現し、世界の高圧中性子研究をリードしている。

姿現わす

高圧地球科学者の夢を載せたPLANETは、その後順調に運用がなされ、数々の重要な成果が生み出されている。地球科学は他の研究分野とは異なり、地球の奥深くに眠る対象鉱物を手に取ることが出来ない。そのため、名探偵コナンよろしく数々の情況証拠から、闇にまぎれた犯人を暴き出すという醍醐味がある。

長らくベールに包まれてきた地球内部の水の問題は、地球を覗くルーペPLANETにより、ようやく白日の下に晒らさらされようとしている。PLANETがこれらの問題を解決していき、人類の英知に寄与できれば、私の建設の苦労も「水」に流せるのである。