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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第30回 「大強度」陽子加速器を実現する

J-PARCセンター 加速器ディビジョン長
長谷川 和男(はせがわ かずお)
掲載日:2018年9月14日

加速器は、ビームを使ってユーザーが実験を行い、そこで成果が出てこそ評価されるもの。ビームをスケジュール通りに供給するため、保守作業も万全を期している。チームワークがひときわ大事な装置である。

ブラウン管

今から20年ぐらい前までの家のテレビは、「ブラウン管」を使っていた。画面の後ろには大きな箱があり、その中では電子が加速され、それが画面の裏側の蛍光物質に衝突し、映像を映しだすという仕組みだった。

一方、J-PARCにある大強度陽子加速器も、電子が水素に変わるものの、それを加速して利用するという意味では仕組みは同じだ。だからテレビのブラウン管は、実は小型の加速器のようなものだった。ただし、大強度陽子加速器で使われる電圧(エネルギー)と数(電流)が、ブラウン管より桁違いに大きいことは言うまでもない。

J-PARCの加速器ではまず、水素を高温の状態にしてそこから陽子のタネを取り出し、それに電圧をかけて動く陽子ビームにする。これを行うのが線形加速器(リニアック)で、さらに2台のシンクロトロン(3GeVシンクロトロン、30GeVのメインリングシンクロトロン)が、それを光速近くまで加速させる。

そのビームのもつ出力はメガワット級で、これは数千軒の家庭で使われる電力に相当する。

ミクロン単位

そのビームが途中でこぼれることがある。ロスと呼ばれるこの現象が起きると、機器の放射化につながるだけでなく、大強度化の妨げにもなる。このため、ワット単位のわずかなロスをなくすために、加速器ではミクロン単位での加工や、微小な電磁場の影響への考慮を行っている。その事例を二つ紹介したい。

一つ目の例は小型電磁石である。エネルギーの低いリニアックでは、ビームのロスを減らすため、頻繁に収束する必要があり、その収束レンズの役割をする電磁石を小型化して、リニアックの空洞の大きさに収めることが課題だった。

電磁石のコイルはこれまで、冷却水を通すために銅のパイプを曲げて作成するのが一般的だったが、無理に曲げるとパイプがつぶれてしまう。そこで発想を変え、銅のブロックから作ることで曲げ自体をなくしたコイルを考案した。

これを実現するため、ワイヤカットという細かい加工技術や中空部分に銅の厚メッキ(電鋳と呼ぶ)で水冷管路を作る、という日本の企業が持っている技術を組み合わせた。その結果、電磁石の小型化が実現した。

2つ目の例はシンクロトロンの金属磁性体空洞である。空洞は陽子ビームを加速する装置であり、それを取り囲む磁性体により大きな加速電圧を発生させる。これらは大強度を実現するための重要な役割を果たす。

このため、日本の材料メーカーが開発した特殊な金属テープ状の磁性体を、バウムクーヘンのようにコイル状に巻き、それをコア部分に用いた加速空洞を開発した。これによって高い加速電場勾配の生成が可能になり、J-PARCの大強度を実現した。

絶えず改良

私たちは加速器の大強度化に応じ、絶えず改良と性能向上を進めてきた。私自身は大学時代に加速器の利用者として実験を行ってきたが、今度は私たちが世界中の利用者が成果を出せるような加速器を提供する番だと思っている。