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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第17回 ナノテクが世界を変える

原子力科学研究部門 物質科学研究センター
放射光エネルギー材料研究ディビジョン
研究主幹  越 章隆 (よしごえ あきたか)
掲載日:2018年6月8日

放射光は、中性子とならぶ基礎科学研究のツールで原子力の平和利用の一翼を担っています。放射光X線という光で観るナノの世界を通して基礎科学や産業分野の発展および原子力分野の諸課題の解決に貢献したいと考えています。

世界最大の施設

世界遺産姫路城のある兵庫県姫路市から北西に約40キロメートルの山間に、世界最大の放射光施設スプリングエイト(SPring-8)がある。ここでX線を使って物質の性質を調べる精鋭がそろう原子力機構の研究部署がある。それが、放射光エネルギー材料研究ディビジョンだ。古くから播磨とよばれる地区を拠点とするこのディビジョンでは、物質材料の物理や化学の基礎研究や産業分野の材料機能に関する研究が進められている。

身の回りの物質は、原子が集まってできている。原子同士の距離は一億分の1センチメートル以下で、肉眼では見えないナノと呼ばれる世界だ。X線を使えば、原子の位置や原子を結び付ける電子の状態、いわば物質の個性を調べることができる。

光電効果の活用

物質にX線を照射すると電子が飛び出す。アインシュタインが発見した光電効果だ。飛び出す電子(光電子)を調べることで、表面で起きる化学反応を研究している。例えば、スマートフォンは、原子レベルのものづくり(ナノテク)によって実現している。強い放射光X線を使えば、材料であるシリコン表面が酸化によって変わる様子がわかるので、高性能な素子の実現条件を見つけられる可能性がある。CTで体を検査するように、放射光を使って物質の状態やその変化を原子レベルで調べるのである。

意外な関係

一見すると表面の化学やナノテクの研究は、原子力の研究開発と無縁に見える。しかし、意外にもそうではない。例えば、原子力材料の酸化による変化や劣化の研究は原発の廃炉研究に重要である。また、放射性セシウムは環境汚染を起こしたが、その存在形態を知るにはナノレベルの分析が必要である。放射光を使った光電子の顕微鏡技術を使えば、土壌微粒子中のセシウムや鉄などの分布や化学状態をピンポイント分析でき、より効果的な除染法の開発に貢献できる。微小試料の分析は、一滴の血液による診断に似ている。放射光分析技術を除染や廃炉の研究に役立て、開発した技術を基礎科学や産業分野の研究に応用したい。放射光は、原子力の平和利用の一翼を担う実験ツールだ。ここでは、原子力の基礎科学と産業の異分野融合によるシナジー効果によって次世代イノベーションと先端科学分野のブレークスルーが期待されている。