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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第13回 原子力事故による海洋汚染を迅速に予測するシステムを開発

原子力基礎工学研究センター
環境・放射線科学ディビジョン
環境動態研究グループリーダー 小林 卓也 (こばやし たくや)
掲載日:2018年4月27日

海洋汚染に国境はないため、システムの運用について国際的な枠組みを構築しようと考えています。毎朝、東海村の海岸を眺めてから出勤するほど海が好き。茨城県出身。

強い西風

福島第一原発事故が起きた当時、福島県では西から東へ吹く風が卓越していた。このため事故時に環境中に放出された放射性物質の多くは太平洋側に流れ、それらは大気から海洋へ沈着した。また、施設から海洋へ直接漏洩したものもあった。その結果として東北地方の沖合を中心とした海は、広く汚染された。

それらの放射性物質はその後、どのように拡散し、今はどうなっているのか。これからどうなるのか。

これを調べるためには調査船に乗って該当海域の海水を採取し、海水に含まれる放射性物質の濃度を計測する必要がある。さらに、放射性物質による汚染の程度や分布を調べるには、広い範囲の海で多くの海水を採取することも必要だ。また、放射性物質は海流で流されながら希釈されるため、濃度分布の時間変化を調べるためには同じ観測点で定期的に海水を採取しなければならない。

放射性物質による海洋汚染事故が発生したときに、船舶利用者や漁業関係者、さらに行政庁などに汚染の状況を迅速に知らせることのできるツールがあれば、有事の判断の一助となる。

1ヶ月先まで

そこで原子力機構の原子力基礎工学研究センターでは、日本周辺海域の原子力施設などで万一の事故により放射性物質が異常放出された際に、放射性物質の海洋拡散を迅速に予測可能な「緊急時海洋環境放射能評価システム」(STEAMER)を開発した。独自に開発した放射性物質の海洋拡散モデルに、気象庁による最新の海流予報オンラインデータと、放射性物質の大気からの沈着量と海洋放出量の情報を入力することにより、海水中の放射性物質濃度を一か月先まで予測することができる。

このシステムは、日本を含む東アジア諸国の原子力施設と日本周辺海域における任意の場所からの放射性物質の放出に対して、その後の拡散状況を推定することもできる。

さらに海洋汚染の予測情報に基づいて海水を採取する場所の設定、分析結果を用いた放射性物質の海洋への放出量推定と汚染分布の再現、これらに基づく禁漁海域や航行禁止海域の設定など、緊急時対策の検討や事故の詳細解析に役立てることも可能となる。

“蒸気船”

大気と比べると海洋中の放射性物質の拡散速度は遅い。例えるなら航空機に対する船のようなものである。そこで私たちは、このシステムをSTEAMER(蒸気船)と名付けた。STEAMERではこれから、沿岸部での詳細な予測機能の追加や国際的な枠組みを構築して運用を手がけていく予定である。

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