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原子力機構の“いま-これから”

日刊工業新聞にて毎週金曜日連載中

第10回 電子の磁力の源、スピンの謎に迫る

先端基礎研究センター
スピンエネルギー変換材料科学研究グループ
研究副主幹 家田 淳一 (いえだ じゅんいち)
掲載日:2018年4月6日

スピン流物理は基礎と応用、理論と実験が連携した魅力的な分野。若手研究者の大胆な発想が分野を盛り上げている。様々な物理現象にスピンを入れたらどうなるか、世界のライバルとアイディアを競っている。東海村に拠点を移し八年。原子力科学の先端を切り開く成果を発表していきたい。地元産の干し芋とブランド豚肉を愛する。東京都出身。

“常識外れ”

物が壁をすり抜ける。常識外れのことが、量子力学の描き出すナノの世界では起きる。実はこの現象、磁気記憶素子の性能向上に役立つなど、すでに電子機器に利用されている。

電子機器の主役は電子である。一つひとつの電子は、決まった値の電荷(電気の素)とスピン(磁気の素)をもつ。電子の電荷の流れ「電流」を制御・利用するのがエレクトロニクスであり、情報通信社会を支える基盤技術となっている。だが、増え続ける電子機器利用はエネルギー消費の観点から将来的な問題を抱えている。

そこでもう一方、磁気を担う電子スピンの流れ「スピン流」に注目が集まっている。スピン流に基づく新しい科学技術はスピントロニクスと呼ばれ、我が国を含め世界中でその研究が盛んだ。冒頭の磁気記憶素子でも、スピン流が厚さ数原子層の壁をすり抜ける際の特性を磁気情報の読み出しに利用している。

スピン流を用いれば、電子機器の発熱ロスを抑えられる、ナノスケールで効率的な磁気情報の読み書きが実現される、など大幅な省エネにつながる魅力的な機能が実現される。

もう一方の流れ

一方、電流と比較して、スピン流の利用はごく最近はじまった。その理由は、スピン流の生成手段が限られていたからである。

原子力機構の先端基礎研究センターは、このスピン流生成手段の研究で世界をリードする。これまでに、磁気、熱、回転運動といった物質中の微小エネルギーからスピン流を生み出す方法を独自に提唱し、実証実験を行ってきた。

さらに、重金属などで生じるスピン流から電流への変換現象を使い、スピンを介した新しいエネルギー変換の研究も進めている。これらは、スピン流の物理学を作り上げていくことにほかならず、教科書を書き換える成果が次々と出てきている。

今注目しているのは、熱と放射線への対策。スピンを利用すれば、発熱ロスの抑制に加え排熱の回収利用や熱流の方向制御が可能であることもわかってきた。また、スピンのみで構成された回路は、原理的に放射線の電離作用による誤作動がなく、過酷環境での情報収集に役立つと期待される。

応用シーズ発掘

原子力機構が強みを持つ中性子、ミュー粒子などの特徴ある装置や、重元素材料であるアクチノイド物質ともスピンは相性が良い。スピン流の基礎物理を建設し、将来的な応用のシーズを発掘することが求められている。

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