4_7_20 再冠水試験における地下水の化学環境変化に関する研究
ポイント
概要

高レベル放射性廃棄物の地層処分事業では,地下300m以深の地質環境に数km²に及ぶ坑道群を備えた処分施設が建設されるため,地下環境の人為的な擾乱が避けられないと考えられます。特に地下水の酸化還元電位やpHといった化学特性は,廃棄物を収納する金属容器の状態や放射性核種の移動特性に影響を与える重要な因子であり,施設建設・操業により乱された地下環境が施設閉鎖後に定常状態に至る過程や形成される環境条件などを理解しておく必要があります。

本研究では,坑道の建設・操業により乱された地下水環境が坑道閉鎖後に定常状態に至る過程や形成される化学条件,関連する主要プロセスを確認することを目的として,瑞浪超深地層研究所において深度500mの花崗岩中に坑道を建設・閉鎖し,地下水の溶存成分や酸化還元電位,pHの経時変化の観測を行いました。

その結果,坑道掘削後は大気に晒される環境になるため,地下水の酸化還元電位が上昇することが確認されました。さらに坑道閉鎖後には地下水の水質が,微生物の代謝反応やセメント材料の溶解といったプロセスにより時間とともに変化することが確認されました。

内容

深度500mの花崗岩中に長さ45m,幅5m,高さ4.5m,容積約900m³の坑道(以下,冠水坑道)を掘削しました(図1)。冠水坑道を止水壁により閉鎖し,深度500mに湧水している地下水によって坑道内を冠水状態としました。冠水開始から排水するまでの約1年半の期間,地下水中の溶存成分や酸化還元電位(ORP vs S.H.E),pHの測定を継続して行いました。

冠水坑道内の地下水は,冠水直後は大気と触れていたため酸化還元電位が約+300mVと酸化的な値を示していました。坑道閉鎖から約20日を過ぎると酸化還元電位は大きく低下し始め,約3か月後には-180mV前後で定常状態となりました(図2)。この値は坑道掘削直後の周辺岩盤中の地下水とほぼ同等の値です。

溶存酸素濃度についても,冠水直後には検出されましたが約4か月後には定量下限値以下(<0.02mg/L)まで低下することが確認されました。また,NO3,NO2イオン濃度についても冠水後から観測期間を通して定量下限値以下となることが確認されました(図2)。この窒素化学種の変化は,溶存酸素が消費された後,地下水中で硝酸還元反応が生じている可能性を示唆しています。これまでの調査研究により,溶存酸素およびNO3,NO2,SO4イオンの段階的な濃度減少は微生物活動に伴う還元作用に特徴的なものであることが判っています。実際に地下水中の全菌数を測定すると,冠水から約2か月後には初期値の1.1×103 cells/mLから5.3×105 cells/mLへと一桁以上の全菌数の増加が確認されました(図3)。この全菌数が増加した時期と地下水中の溶存酸素濃度およびNO3,NO2イオンが低下した時期がほぼ同じであることから,地下水中に混入していた酸素を利用して微生物代謝反応が活発化したことが示されました。つまり,冠水坑道の閉鎖後の地下水環境は,微生物の還元作用により酸化的な地下水が徐々に還元的な地下水へと推移したと考えられます。

地下水のpH変化について,冠水直後はpH9以下で周辺岩盤中の地下水と同等でしたが,徐々に上昇し坑道閉鎖から約6か月後にはph20付近まで上昇することが確認されました(図2)。地下水のpHが上昇した要因として,坑道内の壁面に施工されている吹付コンクリート中のセメント材料の溶解が考えられます。セメント材料にはKOH,NaOH,Ca(OH)2などが含まれており,これらは水に溶けるとアルカリ性になることが知られています。実際に坑道閉鎖前に採取した吹付コンクリートの表面測定の結果から,地下水と触れていた表面ではCa(OH)2が溶解し,CaCO3が生成していることが確認されました(図4)。冠水後の坑道内でもセメント材料が溶解し,地下水のpHが上昇したと考えられます。

以上の結果より本研究では,坑道の掘削により酸化的な状態となった地下環境は,坑道閉鎖後に微生物の代謝反応によって元の環境に近い還元的な状態になるということが確認されました。一方で,地下環境に当初存在していなかった吹付コンクリートなどセメント材料の溶解により地下水のpHが上昇することが確認されました。

深度500m冠水坑道周辺の概要図
図1 深度500m冠水坑道周辺の概要図
冠水坑道内の地下水の水質変化図
図2 冠水坑道内の地下水の水質変化
冠水坑道内の微生物群集の変化図
図3 冠水坑道内の微生物群集の変化
吹付コンクリートの表面観察図
図4 吹付コンクリートの表面観察
(a)表面のSEM観察画像,(b)表面と内部のXRD測定による比較
参考文献
  1. 林田一貴,加藤利弘,久保田満,村上裕晃,天野由記,岩月輝希 (2018): 坑道閉鎖試験に基づく坑道掘削・閉鎖時の化学環境変化プロセスの考察,地球化学,52巻,1号,pp.55-71.

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