第14回及び第15回の原子力防災情報では、国際原子力機関(IAEA)における緊急時対応演習の考え方を紹介しました。今回は、このIAEAの考え方の中から、「訓練」と「演習」の使い分け、段階的な演習目標の達成という2つの方法論について、我が国の原子力防災訓練の現状と比較しながら簡単に紹介します。
なお、IAEAの緊急時対応演習の手引書では、演習(Exercise)にもトレーニングの内容が含まれるので、訓練(Drill)は演習(Exercise)の一形態であると説明しています。また、演習(Exercise)
は個人と組織が共に現実的な条件で活動できる数少ない機会ですが、1回の演習(Exercise)を緊急時対応における個人の役割を体験する唯一の機会にしてしまうと、当該個人の責務に誤った印象を与えることになるので、演習(Exercise)はトレーニング目的で単独に実施されることはないとも説明しています。
さて、我が国の原子力防災訓練では、「訓練」と「演習」をどのように使い分けているでしょうか?我が国の原子力防災訓練の考え方は、災害対策基本法(災対法)、原子力災害対策特別措置法(原災法)、防災基本計画及び原子力災害対策指針等に基づき、原子力事業者については原子力事業者防災業務計画に、都道府県については地域防災計画(原子力災害対策編)に、国が計画を作成して、都道府県及び原子力事業者等と共同して行う原子力総合防災訓練については毎年度作成される総合防災訓練大綱及び原子力総合防災訓練計画にそれぞれ示されています。
我が国の原子力防災訓練を原子力事業者の防災訓練、都道府県の原子力防災訓練、原子力総合防災訓練の3者に分けて、それぞれの防災計画を基に、現状を大まかにまとめると表2のようになります。
表2を俯瞰すると、概ね以下のような傾向が分かります。
現在、日本工業規格(JIS)では、社会セキュリティの規格の一つとして、「演習の指針:JIS Q 22398」の制定の準備を進めています。この規格は、災害対策の分野にも適用できるもので、この中では、「訓練(Drill)」と「演習(Exercise)」を区別し、その考え方は国際標準のISO規格と同一(Identical)であり、IAEAが採用している表1の考え方とも共通しています。
また、「訓練」と「演習」を区別せずに一体で運用する場合、「演習」の主旨からは、大きな災害が発生し、これに関心が高いときは新たな仕組みや対策の試行に重きを置いて実施することができる一方、関心が下がりだすと、「訓練」の主旨が習熟と反復にもあるため、形式的な訓練に陥り易くなります。これに対し、「訓練」と「演習」とを区別しておけば、「演習」については、その本来の目的により、評価、改善、新たな取り組みの試行を常に目指すことができます。
これらを考慮すれば、今後、我が国においても、訓練(Drill)と演習(Exercise)を区別して、表1のように目的に合わせて使い分けることが必要になってくると考えられます。また、これは東日本大震災の教訓として得られた「想定外」への対応にも有効な考え方となります。即ち、訓練(Drill)は、定められた計画やマニュアルのような想定内での習熟及び機能確認を主眼としますが、演習(Exercise)
は、評価・改善、新たな手順及びシステムの試行を主眼とし、想定外の条件も組み込むことが可能です。このため、いきなり実動演習からではなく、様々な状況想定が可能な図上演習から新たな試行(想定外の条件を含む)を導入していくことが現実的となります。なお、図上演習の企画については、自然災害においても種々の先行例があり、参考になります。例えば、消防庁が作成した「市区町村による風水害図上型防災訓練の実施支援マニュアル」は、“訓練“と記されていますが、その内容は演習を含んでおり、かつ、国際標準の考え方も反映されています。
ConvExの目的は、「原子力又は放射線緊急事態の発生時に、原子力事故関連2条約等で規定した国際的な通報及び援助の仕組みが有効に機能して、人的被害や社会的損失を最小限にするよう、その仕組みの能力を評価し、継続的な改善を推進すること。」です。ConvExでは、この通報及び援助の仕組みを表3の3段階の演習目標に分けて試験し、その遂行能力を評価し、改善を行っています。
表3 の主旨を別の言い方で表現すれば、第1段階が情報の発信元と受信先の情報交換手段の評価であり、第2段階が情報の内容に基づく国内関係機関を含めた対応機能の評価、第3段階が関係する国際的な全組織との連携の評価といえます。即ち、受発信者間の情報交換という「手段」から国レベルの対応という「機能」を介して、最終的に国際的な全組織の「連携」へと拡張されていくことが特徴です。
演習の目標と範囲では、最小の情報交換手段として、通報発信元となるIAEAの事故・緊急事態センター(IEC)と情報の第一受信先となる各国の通報受信ポイント(NWP)との24時間の常時通報受信手段の評価を対象としたConvEx-1a、これに当該国での検証等のとりまとめを行う機関(NCA)を加えた通報受信手段の評価を対象としたConvEx-1b、NWP及びNCAに設置されている緊急時情報交換用の専用ウェブシステム(USIE)の管理者の能力評価を対象としたConvEx-1c、NWPやNCA等の各連絡ポイントから情報を発信し、IECの受信能力を評価するConvEx-1dに区分しています。
また、この目標と範囲に対応して、演習の対象となる組織、期間、開催頻度等が決められています。
演習の目標と範囲では、NCAがIEC等からの情報に基づき、定められた報告様式によりUSIE等の情報交換手段にて報告書が作成・提出できる機能の評価を対象としたConvEx-2a、原子力事故援助条約に基づく緊急時対応援助ネットワーク(RANET)の機能の評価を対象としたConvEx-2b、放射線緊急事態(放射性同位元素取扱施設等)における対応機能を短期間に限定して評価するConvEx-2c、原子力緊急事態(原子力施設等)における対応機能を短期間に限定して評価するConvEx-2dに区分しています。
また、この目標と範囲に対応して、演習の対象となる組織、期間、開催頻度等が決められています。
なお、国際的な全組織の連携の評価を目的としたConvEx-3を3〜5年に1回の実施としていることから、ConvEx-2c
及びConvEx-2dは、その間の補完的な機能も有しています。
IAEAのConvExにおける段階的な目標設定と我が国の原子力防災訓練の方法論とを比較すると異なる特徴があります。
ConvExでは前段階で達成した目標に次段階の目標を追加し、これ(手段→機能→連携)を積み上げて最終目標の達成とする考え方としています。これに対し、我が国の原子力総合防災訓練等では、概ね活動要素ごとの部分的な訓練(要素訓練)を並列で同時に実施し、全体を統合して目標達成とする考え方としています。
なお、「訓練」と「演習」を区別することにより、「演習」の本質が評価、改善、新たな取り組みの試行であることから、高い目標には段階的な演習目標の達成というアプローチが働きます。
この段階的な演習目標の達成を我が国の都道府県の原子力防災訓練に当てはめ、ConvExに準じて、3段階の演習として企画した例を表5に示します。この例は内閣府と消防庁が共同で作成した「地域防災計画(原子力災害対策編)作成マニュアル(県分)」にある訓練項目を参考としています。
ここでは、各要素訓練を個別に演習に先んじて実施しておき、その後に第1段階の演習にて手段の評価を行うことを原則とします。また、要素訓練と第1段階の演習は重なる部分も多いので、これらは並行で実施することもできます。更に、要素訓練も個々に行うだけではなく、表5の①災害対策本部等の設置運営訓練と③緊急時通信連絡訓練を、⑥周辺住民に対する情報伝達訓練と⑦周辺住民避難訓練をそれぞれ組み合わせて実施することも可能であり、更に、これらと第1段階の演習を並行で行うことも可能です。
続いて、第2段階で災害情報を加味した実動機能の評価を目的とした演習を行います。この段階では、要素訓練の内容は達成されていて、評価・改善、試行が主眼となります。この際、演習の目的や制約条件等により一部の担当部署については、演習事務局(コントローラ)が模擬した組織を組み込んだ演習も可能となります。更に、第1段階の演習と同様に各演習要素を組み合わせて部分的にまとめて演習することも可能です。
第3段階の演習は全組織の連携を評価するので、分割や模擬はできません。第3段階の演習の頻度は、3年に1回としていますが、本格的な演習を行う際の準備期間や演習成果の防災システム(他都道府県を含む)への反映、改善、その確認を考えると、この期間は現実的なものと考えられます。また、連携は実時間で行ってこそ、その評価が可能となるため、演習期間としては通常数日を必要とします。このため、演習の実施に当たっては、この演習期間における一部の行政サービスの停止という損失と演習で得られる成果との比較衡量が必要となってきます。
なお、全組織の連携というレベルに演習目標が到達すると、この演習と原災法第13条に基づく国、都道府県、原子力事業者等が共同して行う原子力総合防災訓練との関係を整理しておく必要があります。また、原子力総合防災訓練は、都道府県から見れば原災法施行後未だに一巡していないため、この頻度を増やす意味からも、原子力総合防災訓練に準ずる規模で又は原子力総合防災訓練の一部として都道府県の原子力防災訓練を実施することにより、新たな原子力災害対策指針等において国の機能が強化されたこととの連携を含め更なる改善が期待されます。