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第15回 「IAEAの緊急時対応演習の基本的な考え方について」(平成26年5月)

 前回の原子力防情報では、原子力又は放射線緊急事態発生時の国際原子力機関(IAEA)を介した通報及び援助の枠組み、並びにこの枠組みの実効性の確認と継続的な改善等を目的とした国際緊急時対応演習(ConvEx)の概要を紹介しました。今回は、IAEA発行の手引書にある緊急時対応演習の基本的な考え方を解説します。なお、IAEAはこの考え方を踏まえて、ConvExの演習体系を設定するとともに、個別の演習の準備、実施及び評価を行っています。


1. IAEA発行の手引書の背景

 IAEAは原子力又は放射線緊急事態に備えた演習の考え方を手引書(EPR-EXERCISE 2005:「原子力又は放射線緊急事態の事前対策を試験する演習の準備・実施・評価」)にまとめ、2005年に発行しています。この手引書はIAEAのEPR(Emergency Preparedness and Response:「緊急事態の事前対策及び対応」)シリーズの一部として発行されたもので、IAEAの安全要件No.GS-R-2「原子力又は放射線緊急事態の事前対策及び対応」にも整合し、関連する教材集が2006年にEPR-EXERCISE/T2006として発行されています。この手引書は各国の緊急時対応演習において利用できるように作成されていますが、IAEAは原子力又は放射線緊急事態発生時の通報及び援助の枠組みを演習の対象として、この手引書の考え方を踏まえてConvExの演習体系を設定し、個別の演習の準備、実施及び評価を行っています。


2. 手引書の構成

 手引書は本文と付録(例示集)に分かれ、全体で約150頁の内、付録が2/3を占め、実用に重きを置いていることが分かります。手引書の目次構成は以下のようになっています。
本文
①序文
②基本概念
③演習準備の工程及び管理
④演習仕様書の作成
⑤演習シナリオの作成
⑥演習データの作成
⑦コントローラー用及び評価者用案内書の作成
⑧参加者用案内書の作成
⑨演習における現実の報道機関の扱い
⑩犯罪行為に起因する緊急時対応演習に係る特段の配慮
⑪結論
付録:
1)訓練の例
2)演習目標の例
3)評価基準の例
4)脅威区分Ⅰの施設のシナリオ例(発電所)
5)脅威区分Ⅱの施設のシナリオ例(研究炉)
6)脅威区分Ⅲの施設のシナリオ例(放射線施設)
7)脅威区分Ⅳのシナリオ例(輸送)
8)脅威区分Ⅴのシナリオ例(他国からの汚染)
9)犯罪行為に起因する緊急時対応演習のシナリオ例
10)主要イベントリストの例
11)施設における放射線データの例
12)放射性プルームに係る環境データの例
13)気象データの例
14)異なった様式でのサイト外放射線データの例
15)環境測定と被ばく線量を模擬する演習用ソフトウェアの例
16)演習用汚染データの例
17)演習用の情報伝達文の例
18)コントローラー用案内書の例
19)評価者用案内書の例
20)評価者用確認シートの例
21)参加者用案内書の例

 上記の目次中、本文の①序文と②基本概念に演習の基本的な考え方が記載され、また、本文の③以降に演習の準備、実施及び評価のための共通的な要領が記載されています。付録には本文で解説した演習目標、評価基準、演習シナリオ、演習データ及び各種案内書等が例示されています。


3. 手引書における緊急時対応演習の基本的な考え方

 手引書本文の基本概念にある緊急時対応演習の基本的な考え方を要約して以下に紹介します。なお、個別の演習準備のための共通的な要領については、文末に参考資料として紹介します。

(1)  緊急事態事前対策の計画と演習との関係

  緊急事態事前対策の計画(緊急時対応計画・要領、人的資源、設備、対策施設等)を整備し、その実効性の確認と継続的な改善等を目的として、数年サイクルの演習を計画し、実施します。

(2) 演習の計画

  演習の計画は緊急時対応の実施機関が他機関と連携し年間計画と長期計画に分けて作成する。年間計画はある程度詳細な、長期計画は数年間の展望を踏まえた大まかな計画とします。また、演習の計画とトレーニングの計画には一貫性を持たせると共に、この年間計画には以下の事項を記載します。
①年間計画の目標とねらいに係る記述
②各演習の形態(訓練、机上演習、野外演習、部分演習、総合演習)
③各演習の暫定スケジュール
④参加機関

長期計画には数年間(例.5年)の各演習を特定し、国際演習も含めて作成します。長期計画の作成において考慮する項目は以下のとおりです。なお、演習計画の達成状況をモニターするために、実行された活動と演習への個人の参加状況を記録します。

①緊急事態対応計画にある各機関の全目標は、長期計画の全期間に適用
②演習から得られた情報を次の演習に反映し調整可能とすること
③緊急事態対応の目標によっては開催頻度を上げること(例、立ち上げ、通報及び情報共有関係、危険度評価、並びに広報)
④演習のシナリオと事故の形態は、広範な想定事象を対象とすること
⑤代替要員を含む全指名要員が定期的に演習に参加すること
⑥演習プログラムには、計画、要領、評価解析ツール、設備等の改訂及び改善のためのスケジュールを考慮すること

(3) 演習の目的

 演習の目的には以下のようなものがあります。
①各種の計画及び要領を検証し、その遂行能力を試験すること(遂行能力の評価)
②現実的な状況でトレーニングする機会を提供すること(トレーニング)
③緊急事態対応に係る新たな考え方及び仕組みを試験・調査すること(試行)

遂行能力の評価では、課題の抽出に重きを置き、対応の完璧さを実証することに主眼をおくべきではないとしています。また、緊急時対応のトレーニングのみを目的とした演習は効果的ではなく、演習には新たな考え方や仕組みを導入する際の試行という要素も含まれるとしています。

(4) 演習の形態

  演習の形態には、訓練(Drill)、机上演習、部分演習及び総合演習、野外演習があります。

①訓練(Drill)
 訓練は特定の基本操作における技能の維持と開発又は要領の改訂等のためのトレーニング手段として実施されます。手引書の付録Ⅰには情報共有、初動対応、放射線モニタリング、サイト外の被ばく評価等が訓練の例として示されています。

②机上演習
 机上演習は時間と場所の制約がなくなるため、新たな緊急時対応の関係者における理解、本格導入前の試行、利害関係者間の交流の機会提供等に適しています。また、机上演習の準備及び実施においては以下の点が重要としています。
1)演習目標の設定
2)演習目標に合わせたシナリオの作成
3)運営支援(データ表示、情報共有手段、備品)
4)演習会場(単なる会合ではない)
5)参加者の紹介、全員が役割分担を理解
6)意思決定の試行と評価、事前対策の改善
7)参加者が自身の役割を自認できること
8)検討内容の記録


③部分演習及び総合演習
 緊急時対応を部分(要素、サイト内とサイト外、階層等)に分けて演習することができます。部分演習では参加の無い部分を模擬機関で対応します。総合演習はサイト内とサイト外の全部分が参加し、この間の連携(特に住民防護)が確認できる等、緊急時対応の遂行能力の評価には有効としています。

④野外演習
 野外演習はサイト周辺で活動する要員(警察、消防、医療等)の実動及び連携を目的として、部分演習又は総合演習としても実施できます。なお、野外演習と机上演習を同じ総合演習で行う場合は、時間設定に注意が必要で、野外演習には住民の一部の参加(避難)も可能です。

(5) 演習手法

 演習手法では時間設定、参加者の裁量とコントローラーによる統制、シミュレータ—の使用が重要としています。

①時間設定
 演習の時間設定は実時間で行う場合と、演習時間に合わせて短縮又は拡大する場合があります。訓練や机上演習では時間の圧縮又は拡大が可能で、総合演習のような大規模な演習では組織間の連携を考慮し実時間が採用されます。演習シナリオ上でイベントの所要時間を圧縮することも可能です。

②参加者の裁量及びコントローラーによる統制
 演習中に参加者が裁量で行動が出来るようにすることはトレーニングや演習の評価には有効ですが、これに対応するコントローラー等にその準備と負荷が発生します。また、参加者が演習シナリオから逸脱することを考慮し、統制の仕組み(中断、修正)も考えておきます。訓練の場合は裁量と統制の手法の適用が難しく、習熟のための反復に重きが置かれます。

③シミュレータ—の使用
 演習シナリオの作成及び演習実施にシミュレータ—を使用することができます。これにより、現実的な演習シナリオの作成が可能となり、演習中も現実感が出せ、かつ演習データを省略できます。

(6) 演習の開催頻度

 開催頻度は演習の形態と目標に依存し、例えば、総合演習の場合は以下の点を考慮して決めます。

①緊急時対応計画の主要な変更
②基幹要員の異動率
③主要対応機関間の連携状況
④部分演習の開催頻度と形態
⑤習熟度の維持
⑥従前の演習の課題対応

 大規模施設における総合演習の開催間隔は、各国の規制当局が決定することですが、目安として1年〜3年程度と考えられます。なお、緊急時対応要員の習熟度は、指定された要員だけでなく交替要員も考慮します。

(7) 演習後の措置

 演習後の措置としては、演習評価、及び評価から得られた課題の是正措置があります。演習評価では緊急時対応計画及び事前対策について、改善又は強化が必要とされる課題を特定します。特定された課題の是正措置の決定は緊急時に当該課題に対応する機関となるが、是正措置には以下のようなものがあります。

①計画書及び要領書の改訂(業務及び責任範囲の修正、より適切な手段、詳細化若しくは簡略化)
②更新(設備、施設、評価解析ツール、情報資機材)
③計画の強化(課題対応のためのトレーニング、訓練、演習)

 是正措置の実施計画書には、1)是正業務、2)担当者、3)実施スケジュールを記載します。この実施スケジュールは、緊急時対応及びその実務の形態に依存します。なお、課題の重大さの区分と是正措置のスケジュールの例を以下の表に示します。是正措置の進捗は逐次確認し、完了事項を記録し報告します。

表 是正措置のスケジュール例

是正措置のスケジュール例


4. 手引書の考え方の適用例等

 原子力機構の原子力緊急時支援・研修センターが参加した過去のConvEx-2b演習も、この考え方に基づいて実施されたものです。


(参考資料)演習を実施するための共通的な準備要領

 IAEAの手引書(EPR-EXERCISE 2005)では、個別の演習の目標、前提条件、制約事項等を反映して、この手引書にある共通的な要領を踏まえ、具体的な演習の準備を進めます。以下、この手引書の演習準備の順番に沿ってその概要を紹介します。

(1) 演習準備の工程及び管理

 大規模な演習の準備は、6ヶ月〜1年かかることがあり、演習の範囲、参加機関の多様性、作成すべき演習データの量等を考慮してその工程を作成します。演習準備の工程を8つのステップに分け、演習実施日から遡った準備期間とその準備項目の例を以下の表に示します。

表 演習の準備期間と準備項目の例

演習準備の工程

 この演習準備を進めるための組織の例を図1に示します。この準備組織の構成員は、演習の参加者にはなれませんが、演習のコントローラー又は評価者としては最適である。

演習準備組織の例

図1 演習準備組織の例

 なお、図1に示した運営管理委員会他の担当業務等は以下のとおりです。

①運営管理委員会のメンバー選定及び担当業務
 運営管理委員会は、演習責任者、コントローラーとりまとめ者、評価とりまとめ者、サイト内代表者、サイト外代表者、主要な利害関係者の代表者から構成し、規制当局等の主要参加機関の意思決定者を含みます。また、演習仕様書、評価基準、及び各種案内書(コントローラー用、評価者用、参加者用)を作成し、工程管理等を行います。

②演習シナリオ/データ作成チームの構成員の考え方、担当業務

 演習シナリオ/データ作成チームは、1)実務担当組織の緊急時対応計画者、2)防災担当者、3)保健物理専門家、4)参加官庁の緊急時対応計画者(必要に応じ)から構成します。このチームは、演習仕様書に従い、演習シナリオ及びデータの作成及び検証を行います。なお、演習シナリオの取りまとめは、1人の担当者が行うことが重要で、演習目標に合致し、入力情報に矛盾がないものとします。

③運営支援チームの担当業務
 運営支援チームは、宿泊施設の予約、演習用備品(事務局識別用品を含む)及び移動手段の手配、コントローラー及び評価者の情報共有手段の確保、演習用資料の作成と配付等を行います。

④報道対応チームの担当業務
 報道対応チームは、演習前及び演習中の現実の報道機関への対処戦略を作成し、公式スポークスパーソンとして演習責任者を援助し、演習目標に合わせて模擬報道機関を指揮します。

⑤開発グループの担当業務
 開発グループは、原子力及び他の緊急事態事前対策を改善する国家レベルの取り組みがある場合に、この計画の一環として国内の関連する諸機関等と演習内容を調整し、連携を維持します。

⑥国際連携チームの担当業務
 国際連携チームは、他の参加国及び国際機関と連携を維持し、国際演習の目標及び仕様について合意を形成し、発災国内のシナリオと国際演習の目標及び仕様が一致していることを確認します。


(2) 演習仕様書の作成

 演習仕様書は、演習の1)目標、2)範囲、3)制約事項を記載し、この仕様書を確定することが演習準備の最初となります。演習管理委員会による演習仕様書の承認を経て、以降の準備作業を開始します。

①演習目標

 演習目標は、緊急時対応の各措置が適切に実施できるか、試験し、確認することです。1 回の演習で全ての演習目標を試験できないときには、複数回の演習で試験します。演習目標の例は付録にIAEAの安全要件No.GS-R-2の脅威区分に沿った記載があります。以下に脅威区分Ⅰ又はⅡの施設(例、発電所又は研究炉)におけるサイト外対応に係る演習目標の例を示します。

1)サイト外緊急時対応機関と事故施設との間の情報共有システムを試験すること
2)サイト外緊急時対応機関の対応を試験すること
3)緊急時モニタリングチームを招集し、同チームが適切な装置と測定要領に習熟すること
4)交通規制のための警察と消防との取り決めを確認すること
5)サイレンによる警報網を試験すること
6)サイレンの警報とその意味を住民が理解すること


②演習範囲
 演習範囲では、演習の1)参加組織、2)実施期日と時間、3)活動範囲を演習目標と合致させて、確定し、組織、時間、活動の各分野で範囲を決めます。

③演習制約事項
 実現不可能な演習を企画するという無駄な作業を回避するために、演習の制約事項(演習の時間帯、財源、政治的優先事項等)を準備作業の初期に明確にしておく必要があります。

(3) 演習シナリオ及びデータの作成

 演習仕様書を踏まえて、演習シナリオとこのシナリオに基づく以下のような演習データを作成します。

①放射線データ:
1)発災事業所データ(安全パラメータ等)
2)発災施設内の被ばく線量率
3)発災施設内の表面汚染
4)発災施設内の空気中濃度
5)放射性プルームのデータ
6)サイト外の大規模な表面汚染
7)サイト外の局所的な表面汚染
8)放射線源からの外部被ばく
9)住民の汚染状況
10)緊急時対応要員の被ばく状況
②気象データ:
③その他のデータ:
 1)道路状況、住民状況、人口統計、地形
 2)医療状況、報道機関及び他機関の対応状況
 3)住民による対応、国際機関の対応状況

(4) コントローラー用、評価者用及び参加者用案内書の作成

 各案内書の共通事項には、1)演習中の管理組織(コントローラー)及び評価組織、2)演習時間割、3)演習場所、4)運営支援、5)情報共有手段、6)安全事項(演習中止条件等)を記載します。また、各案内書に記載する個別事項は以下のとおりです。演習中のコントローラー及び評価者の組織の例は、図2のようになります。

演習中のコントローラー及び評価者の組織の例

図2 演習中のコントローラー及び評価者の組織の例


①コントローラー用案内書
 コントローラー用案内書には、1) コントローラーの役割、2) 模擬機関、3) 指示事項、4) 演習の開始、5) 演習付与情報の配布、6) 演習の軌道修正、7) 演習の終了 等を記載します。

②評価者用案内書
 評価者用案内書には、1)評価者の役割、2)指示事項、3)評価手法、4)演習振り返り、5)遂行能力の評価、6)演習報告書、7)課題の整理等を記載します。

③参加者用案内書
 参加者用案内書には、1)演習目的、2)適用法規等、3)演習の範囲及び目標、4)参加機関、5)演習要領、6)情報共有手段(電話番号、連絡担当等のリスト)、7)模擬機関(リスト)、8)安全事項(演習中止条件等)、9)報道機関対応、10)演習振り返り事項を記載します。

(5) 現実の報道機関への対処等

 演習前及び演習中の現実の報道機関への対処では、以下が重要としています。

①現実の報道機関には演習の開始前に関連情報を通知する
②関連情報として、演習の目的に加え、演習では改善点等を発見することが重要であることを説明
③演習中の現実の報道機関への対応は参加組織の別の部署が担当し、演習参加者は係わらない

 また、報道機関向けの準備として、報道機関への1)発表、2)ブリーフィング、3)撮影機会の提供、4)事前の机上演習への参加が考えられます。なお、発表はメディアトレーニングを受けている特定の発表者で行います。この他、演習地域の住民には、地域の警察、消防、役場を介して演習情報を事前に伝達し、誤解のないようにします。更に、近隣国の近くで演習を行うとき、他国が高い関心を有し又は風評が発生しそうなときは、事前に当該他国に通知します。

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