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所長挨拶

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 所長  前田 敏克

 日本は天然資源に乏しく、これからより一層少子高齢化がすすみ、社会インフラも高齢化します。経済的には、長年続いたイノベーションの不発などから、米国や中国に大きく差を付けられ、国際的競争力も低下しています。このままでは、今の若い世代、その子や孫の世代で日本は国民総貧困時代を迎えてしまいます。そうならないよう、イノベーションを創出し、さまざまな産業の生産性を上げ、社会システムの効率も上げていく必要があります。そのために何をさておき欠かせないのがエネルギーの確保です。かつての「石油の時代」には、産油国ではない日本はエネルギー資源の多くを輸入に頼らざるを得ませんでした。

 しかしこれからは違います。

 世界中で再生可能エネルギーの発電量が増え、日本においても時間帯によっては電気が余って捨てている状況です。ただし、再生可能エネルギーは天候に左右されるためベースロード(基盤)電源には向いていません。我が国のベースロード電源は火力、水力、そして原子力です。このうち火力発電は、発電量が変動する再生可能エネルギーをカバーして電力需給を調整する役割も担っているため、再生可能エネルギーの導入量が増えるほど火力発電の負担も増えます。国際約束となっている2050年のカーボンニュートラルを達成し、エネルギー供給にかかるコストを抑えるためには、火力発電の負担をできるだけ下げる必要があり、そのためには原子力発電の割合を上げつつ、再生可能エネルギーとの最適なバランスをとっていく必要があります。
 こうした取り組みが、原子力機構が目指す研究開発の3つの柱の一つ「ニュークリアとリニューアブルのSynergy(相乗効果)のための研究開発」です。

 しかし、「リニューアブル」のほうはともかく、「ニュークリア」のほうを社会に受け入れていただくことは容易ではありません。
 2011年3月に東日本大震災が起き、東京電力福島第一原子力発電所事故が起きました。原子炉建屋が爆発する映像を見て、私ども原子力にたずさわる人間は大変な衝撃を受けました。ましてや近隣の住民の皆様をはじめ国民が受けたショック、衝撃ははかり知れません。あれから年月は経ちましたが、被害を受けた住民の皆様は言うに及ばず、多くの国民にとっても、あの時のトラウマや原子力への不信感が今も大きく残っていると思います。このような状況のなか、原子力を社会に受け入れていただくためには、原子力発電所の事故をはじめとする原子力事故を二度と起こさないためのさらなる安全性の向上、安全着実な東京電力福島第一原子力発電所の廃炉、老朽化した原子力施設の安全かつ効率的な廃止措置、放射性廃棄物の問題の解決といった取り組みを着実にすすめ、原子力に対する国民の信頼を回復していくしかありません。
 こうした取り組みが、原子力機構が目指す研究開発の3つの柱の一つ「原子力自体をSustainable(持続可能)にするための研究開発」です。

 そして、中性子をはじめとする放射線の利用のほか、原子力分野で培った分析測定技術、シミュレーション技術、分離抽出技術など、原子力技術の用途は原子力利用に限ったものではありません。こうした原子力技術は、高性能な材料の開発や資源のリサイクル、医療利用や宇宙利用などさまざまな産業分野で活用でき、それによって新たなイノベーションを創出し、社会に恩恵をもたらすことができます。また、原子力技術は、原子や素粒子の世界から宇宙の神秘に至るまで、物事の理(ことわり)や謎を解き明かし、人類の知の地平を切り拓くための強力な武器にもなります。こうした事象の解明や発見は、人の知的好奇心を満たすだけでなく、時として破壊的イノベーションの萌芽となることも、X線や超伝導など、いくつもの事例が証明しています。
 こうした取り組みが、原子力機構が目指す研究開発の3つの柱の最後の一つ「原子力技術の多様化に向けた研究開発」です。
 また、原子力技術の多様化にはもう一つの将来的な目標があります。それは、日常生活において原子力技術が一般的に使われる社会の到来です。この意味をこめて、「多様化」を「Ubiquitous(ユビキタス)」という言葉で表しています。そして、こうした原子力を身近なものにする取り組みは、上述の「原子力自体をSustainable(持続可能)」にすることにもつながると考えています。

 このように、原子力科学研究所をはじめ原子力機構で取り組んでいるさまざまな研究開発や技術開発は、今後の日本にとって極めて重要な業務と認識しています。そしてそれを安全に行い、かつ時機を逸することなく着実に成果を創出するためには、高度な研究力と技術力だけでなく、どこに・どんな、そして何ができそうな技術があるのかといった情報を収集・分析・活用する力、安全上のリスクや社会的リスク、達成遅延のリスクをマネジメントする力、これら業務を円滑に推し進めるための事務管理の力、そして何よりも「情熱」が欠かせません。

 我々、原子力科学研究所は、そうした力と情熱をもったプロフェッショナル集団として、地域の皆様のご理解とご支援を賜りながら、社会に貢献できる価値(Value)を生み出す研究所として努めてまいります。


原子力科学研究所長
前田 敏克

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