補足説明

背景
昨今、先端的なレーザー技術により物質を波として制御する技術の可能性が探求されている。レーザーの本質である「秩序が究極に高い状態」を利用することにより、極めて精密に物質の状態を制御する、全く新しい物質操作のアプローチである。発展すれば、化学反応制御や物質分離法に革新をもたらし、広く産業に応用される可能性を持つ。原子力機構では同位体分離技術への利用を目指して本技術の基礎研究に取り組んでいる。その要素技術の一つとして、今回発表の超高速選択励起の研究を実施した。その対象物質としては、同位体分離技術の開発が実際に望まれているセシウム原子を扱った。


研究手段(補足資料1参照
ある波長範囲の光をセシウム原子に照射する事により、エネルギー的に近接する2つの電子状態が同時に生成する。生成した2つの状態のうちの片方を、電子の波動性に基づいた干渉9)により完全に打ち消す。結果として、打ち消されなかった方の状態のみが観測される。その干渉は、時間遅延をかけて2度、同じ状態を生成させる事により起こす。この遅延時間(位相差)を精密に制御する事によりどちらの状態を打ち消すかを選択できる。干渉を実際に起こすためには位相相関13)のあるレーザーパルス対を用いる必要がある。


実験装置(補足資料2参照
チタンサファイアレーザーと市販の波形整形器を光源として用いた。石英製のセルを約200℃に暖めてセシウム原子の蒸気で満たし、レーザー光を集光照射した。2系統の微弱光検出器により2つの電子状態から発する蛍光を観測し、それらの生成量を決定した。


結果(補足資料3参照
レーザーパルス対の位相差を変化させることにより各状態の生成量を制御し得た。電子の波動が完全に打ち消される位相差の値は2つの状態によって異なっており、位相差をそれらのうちの一つに設定する事で2つの状態を完全に選択可能であることが確認できた。400フェムト秒14)以下の遅延時間で選択比のコントラストを1600以上に高める事ができた。波形制御せずに通常の単一光パルスを用いた場合、同程度の時間では選択比のコントラストは6程度にしかならない。過去に同種の実験例はあるが、測定精度が十分ではなかったために新しい原理による効果を今回ほどはっきりとは得られていなかった。


意義・波及効果
この技術の実用面での意義は、物質の変化を極めて短い時間で制御できたことである。その短さは、化学反応における物質中の原子の組み換えに要する時間と同程度である。そのため、組み換えの途中でこの「光の鍵」を作用させることによって、複数の反応経路の中から一つだけを選んで起こしたり、確率的に不利な反応を起こせるようになると考えられる。原子力機構ではこの原理を応用して、同位体ごとに反応経路が異なる光反応を効率よく起こす研究に取り組んでいる。成功すれば、従来のレーザー法同位体分離と比べて極めて簡便な装置で同位体分離を実現できる可能性があり、同位体分離の新しい方法として、放射性廃棄物処理において必要とされる長寿命核分裂生成物の分別15)に役立てることができる。
 また、あくまで理論上の話であるが、複数の副次的な光反応の中から特定の反応のみを起こすことができるため、不必要な反応に関わる光の吸収・損失がなくなる。そのため、光の利用効率が100%になる。将来、この性質を利用して非常に光利用効率の高い物質分離技術が誕生するかもしれない。

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