平成18年2月28日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
 
「レーザーを用いて原子の化学状態を制御」
―新しい光による物質分離法へ―

 
 独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 殿塚猷一】(以下、「原子力機構」と言う)は、超短光パルスレーザー1)を用いて、セシウム原子2)の近接した二つの化学状態(励起状態3))のうち、一方の状態のみを従来手法を大幅に上回る速さ4)で完全に選択的に生成させることに成功し、新しい物質制御の方法を開発する手がかりを得た。この研究は、原子力機構量子ビーム応用研究部門の横山啓一研究副主幹が、国立大学法人京都大学大学院工学研究科分子工学専攻川崎昌博教授及び大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所中村宏樹所長のグループと共同して行った成果である。

 昨今、先端的なレーザー技術により、物質の「波」としての性質(波動性)5)を利用して物質そのものを制御する技術の可能性が探求されている。この技術は、レーザーの特性を利用して極めて精密に物質の状態を制御する、全く新しい物質操作のアプローチである。原子力機構では、その要素技術研究の一環として、今回、物質の「波」としての性質を利用してセシウム原子の二つの励起状態のうちの一方を選択的に生成させる「超高速選択励起」6)の研究を行った。

 従来の方法では、二つの励起状態の間のエネルギー差が非常に小さい場合、一方の励起状態を完全に選択して生成するまでにある程度時間が必要であった。今回の研究では、セシウム原子の原子核を覆う電子の雲7)に、二つの超短光パルスレーザーを、その波形を制御して「光の鍵」8)のように作用させることにより、二つの励起状態の間に波動性に基づく干渉9)を誘起させ、さらに、その干渉の挙動を制御することに成功した。結果、この挙動を利用して、二つの励起状態のうちの一方を生成せずに、残りの一方の状態のみを極めて短い時間で完全に選択的に生成させることが可能になった(1:1000を超える「選択比のコントラスト10)」)。その短さは、化学反応における物質中の原子の組み換えに要する時間と同程度である。

 この技術を発展させることができれば、化学反応制御や従来不可能と思われていた原子・分子に対する同位体選択的な光励起11)の実用化が可能になり、新しい医薬品などの創製や放射性廃棄物の処理処分に必要な同位体分離技術12)の開発、処理処分費用の低減・安全性の向上にも役立てることができると考えている。

 なおこの成果は2005年12月6日発行のPhysical Review A (PHYSICAL REVIEW A 72, 063404(2005))に掲載された。


 極短時間で原子の化学状態の選択に成功
 補足説明
 用語解説

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