用語解説

1) 超短光パルスレーザー  光パルスレーザーでは一定の繰り返し周期で光源から光が放射される。一サイクルにおいて放射される光は、その持続時間に応じた光の集団(光パルス)となって伝播する。一パルスの持続時間はナノ秒(10-9秒)からピコ秒(10-12秒)程度のレーザーが一般的であったが、近年、フェムト秒(10-15秒)領域の超短光パルスレーザーの製造技術が発展してきた。


2) セシウム原子  セシウムは原子番号55の元素。元素記号はCs。ナトリウムやカリウムなどと同じくアルカリ金属の一つ。融点は摂氏28.5度。反応性が高く、常温で空気や水と激しく反応する。天然にはセシウム-133のみが存在。放射性同位元素のセシウム-135及び137は原子力発電に用いるウランの核分裂により生成される。


3) 励起状態  原子がエネルギー(光、熱、電場、磁場など)を吸収し不安定な状態になること。


4) 従来手法を大幅に上回る速さ  単純な光パルスを使って今回と同じ選択性を得るために必要な時間と比べて、10倍以上高速である。


5) 物質の「波」としての性質(波動性)  光が粒子性および波動性をあわせもつように、物質にも粒子性だけでなく波としての性質がある。物質の波動性が顕著となるのは、物質のエネルギーをより細かく、より短い時間スケールで観るときである。重ねあわせの原理により、波と波とは強めあったり、弱めあったりする性質がある(干渉)。今回の研究では、電子同士の干渉を利用し、励起状態の生成を制御している。


6) 超高速選択励起  化学反応における物質の化学結合の切断や生成は、一般にフェムト秒の時間スケールで起こる。したがって、超短光パルスレーザーによって物質の励起状態を選択すれば、化学反応の進行に対応した短い時間での状態選択が可能となる。このような超高速選択励起を組み合わせることで、これまでにない新しい化学反応の制御が可能になると期待されている。


7) 電子の雲  原子は原子核と電子で構成されていて一般的には図1のような概念図で示される。しかし実際の電子は図2のように原子核の周りを覆っていて、その状態を「電子の雲」と言う。



8) 光の鍵  物質の励起状態を光の波形によって選択的につくり出す際、その波形は目的の励起状態に固有の形を持つ。すなわち、ある波形の光ではその形に応じた特定の励起状態のみをつくりだすことができるという意味で、光を目的の反応経路を通るための「鍵」と例えている。多くの「鍵」を自在に操ることができれば、これまでにない物質の創製なども可能となるであろう。


9) 波動性に基づく干渉 → 5) 物質の「波」としての性質(波動性)を参照のこと。


10) 選択比のコントラスト  今回の研究では、原子の二つの励起状態(Cs(7D3/2)とCs(7D5/2))の選択比の検討を行っている。励起状態Cs(7D5/2)を優先的に得たい場合は、超短光パルスによる二つの状態の生成比、すなわち選択比N5/2/N3/2が大きい方が良い。反対に、Cs(7D3/2)の方を得たい場合は、選択比N5/2/N3/2が小さい方が良い。選択比のコントラストとは、超短光パルスの波形を制御することで変化する選択比の最小値に対する最大値の比(N5/2/N3/2)max/(N5/2/N3/2)minであり、この値の大きさが選択技術を評価する上での目安となる。


11) 同位体選択的な光励起  同一元素に複数の同位体が存在する場合、特定の同位体を含む分子あるいは原子のみを光により選択的に励起すること。選択性を出すために、通常、光励起の共鳴波長における同位体差を利用する。例えばレーザー法ウラン濃縮では光の波長を調整することにより、U-235のみが選択的に光励起され、イオン化した後回収された。共鳴波長の同位体差のためU-238は共鳴励起されない。


12) 同位体分離技術  同一元素に複数の同位体が存在する原料から、特定の同位体だけをとりだすこと。あるいは、特定の同位体存在比を高めること(=同位体濃縮)。


13) 位相相関レーザーパルス対  光は電磁波である。普通の光では振動電場の位相はバラバラである。レーザー光の場合、この位相が揃っていることが特徴であり、一つのレーザーパルスに一つの初期位相を定義できる。2つのレーザーパルスがあるとき、通常は2つのパルスの間で位相の関係が無くパルス間の位相差を定義できない。これに対して、位相相関パルス対ではパルス間の位相差が固定されており、位相差を定義できる。典型的な波長800nmのレーザーパルスの場合、位相差を有効に固定するためにはアト秒(10-18秒)精度の時間安定性が要求される。


14) フェムト秒  1フェムト秒=10-15


15) 長寿命核分裂生成物の分別  原子力発電に利用しているウランの核分裂により半減期が千年〜十万年以上の放射性核種が生成する。高レベル放射性廃棄物を地層処分する際、短寿命核種と長寿命核種を分離できれば処理にかかる費用を大幅に低減できる。また、長寿命核種を中性子などの放射線照射により核変換してより短寿命のあるいは安定な核種にする方法が検討されている。そのために一部の対象核種では前もって同位元素を分離する必要がある。例えばセシウム135とセシウム133の分離技術開発が課題となっている。

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